ちくわのかんづめ
【GS美神】作:赤蛇様
主な登場人物:横島×タマモ
「ねぇ、なにコレ?」
気まぐれに横島の家に遊びに来ていたタマモが、押入れの奥になにかを見つけて声を上げた。
そこには数々の男のロマンも置いてあったりするのだが、前に来たときに散々冷やかしたせいか、もはや気にも止めようともしない。
「何が?」
「コレよ、コレ」
雑然とした押入れに半ば身を乗り入れていたタマモが、なにやら重そうなダンボール箱を引っ張り出す。
片側だけ開けられ、一、二本減った形跡のある箱に手をさし入れ、中から円筒形の缶を取り出した。
「ん? ああ、それか。おでんだよ、おでん」
「おでん? コレが?」
缶コーヒーにしては少しばかり太く、ジュースにしては小ぶりな缶を手に、タマモは意外そうな声を出す。
なるほど、パッケージを見ればでかでかと『おでん』と書いてあるし、様々なおでん種の写真が描かれている。
しかし、おでんといえば鍋をつついて食べるもの、百歩譲ってもコンビニやスーパーで売っているもののはずで、こんな缶詰などは見たことがなかった。
「う〜ん、いつだったか忘れたけど、誰かに貰ったんだよな〜 すっかり忘れてたけど」
本当にうっかり忘れていた、という表情で横島が言う。
たしか、持ってきたのは雪之丞だったか、タイガーだったか。
少なくとも、ピートでなかったのは間違いないと思う。
「へえ〜〜」
横島の話に適当に相槌を打ちながら、タマモはおでん缶をしげしげと眺めている。
「ね、ひとつ開けてみてもいい?」
缶詰の味などたかが知れているとは思うが、缶に印刷されたおでんの写真はおいしそうで、ちょっと興味をそそられる。
さつまあげやこんにゃく、うずら卵など、缶に描かれたおでんの定番の種は、いったいどんなふうに入っているのだろう。
「ん……あ、ああ、いいよ」
横島はふと何かを思い出しかけたのだが、ついうっかりと「いいよ」と言ってしまう。
「じゃ、開けてみるね」
忘れていた、というのがちょっと気にかかるので、一応賞味期限も確かめてみるが大丈夫そうだった。
缶の上下をさかさまにしてプルトップに指をかける。
シーチキンなどと比べても大ぶりなせいか、ふたを開けるのには少し力がいったが、プシュッ、という空気の抜ける音とともにふたが開く。
タマモは他愛のない期待を込めて缶を覗き込むが、やがてすっとんきょうな声を上げて叫んだ。
「な、なによ、コレ!?」
その反応にようやく思い出した横島は、タマモの手にある缶の中身を、ひょい、と覗き込んだ。
「あー、こりゃ、ちくわぶだな」
「いや、ちくわぶはわかるんだけど!」
タマモが驚くのも無理はない。
缶の中にはパッケージにあるさつまあげもこんにゃくもなく、ほぼ缶の直径ぎりぎりにちくわぶがみっちりと挟まっていた。
中心に開いた穴に煮汁が浸っているので、かろうじておでんといえなくもないが、ほとんどちくわぶの水煮缶といってもあながち間違いではない。
「そっか、お前もあっちのほうの出だったっけ。俺もなー、はじめて東京に来てコレを食ったときは驚いたけどなー」
「そういうことじゃなくて!」
「ま、コイツもためしに食ってみれば結構イケるぞ。もうちょっと煮込んだほうが俺は好きだけどな」
うどんのつゆの色と同じく、西から東京へ来た人がまず驚くのがこのちくわぶだが、意外とコレが好き、という人も多かったりする。
小麦粉を水で練り、竹輪を模して蒸しあげられた麩の一種で、それ自体にはたいした味も何もない。
たいていはおでんに入れて色が変わるぐらいに煮込み、グルテンのもちっとした食感を楽しんだりするのだが、通によればこれでもかというほど辛子をぬり、つーんと鼻に抜ける辛さで食べるものだとも言う。
最近はコンビニのおでんのおかげか、関東以外の地域でも見かけることがたまにあったりするが、やはりあまり売れ筋ではないらしい。
「じゃなくて! これ、他の具はドコいっちゃったのよ!? こんにゃくは? うずらの卵は? こんぶはドコに入っているのよっ!?」
「いや、コイツはな、それだけなんだよ」
「はぁっ!?」
「一缶に一種類しか入ってなくてさ、それで俺も食べるの嫌んなっちゃって」
「なによそれ!?」
あまりのバカバカしい横島の説明に、タマモはとうてい信じられず、残りの箱の中の缶をかたっぱしから開けてみる。
するとまあ、出るわ、出るわ。
近頃人気の高い串にさしたすじ肉ではなく、サメなどの中落ちや軟骨をすり身にした『すじ』。
和歌山限定で使われることの多い、揚げたかまぼこの一種の『ほねく』。
静岡のおでん種として知名度が広がりつつある『黒はんぺん』には、ご丁寧にだし粉と青海苔がついていた。
そのほかにも、缶一杯にひしめきあう『玉こんにゃく』から、『じゃこ天』やら……
元々おでんは『練り物天国』ではあるのだが、こうも揃いも揃って練り物ばかりというのもどうかと思う。
これではたいして売れずに在庫処分となるのもうなずける話だった。
「あ〜あ、こんなに全部開けちゃって」
床の上に並べられたおでん缶を見て、横島はぼやく。
「どうするよ、コレ?」
困ったように横島が聞くそばで、タマモがプルプルと震えていた。
「どうした、タマモ?」
「……嫌い」
「はあっ?」
「おでんなんて、だいっきらいっ!!」
そう叫びながら、タマモは外へ飛び出して駆けていった。
これ以後、タマモが機嫌を直すしばらくの間、横島の家でおでんが食卓にのぼることはなかったのである。
赤蛇様ちくわぶ三部作その2
秋葉原では名物ともなった、おでんの缶のアレです(笑)
おかけでちくわぶはタマモに嫌われてしまったようで(つд`)
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