ちくわのてんぷら

【GS美神】
作:赤蛇様 

 主な登場人物:横島×タマモ



 ターミナル駅から出たと思う間もなく、もう降りる駅につく。
 帰宅ラッシュの始まる少し前の電車は、まばらに席が空いていたが、二人座って席を暖めるひまもない。
 出発する間際に乗った左側のドアに寄りかかり、今日の晩のおかずを決める前に開いてしまった。

 自動改札を出て右に曲がり、いつものように商店街を通りぬけて歩く。
 線路に沿って並ぶ商店街の道は狭く、めったに車が入ってくることはない。
 そのためか、行き交う人たちもゆったりとして買い物を楽しんでいた。
 少し込み始めた買い物客の間を縫うようにして、横島とタマモは並んで歩いていく。

「ねー、横島。今日の晩ゴハン、何にする?」

「んんー。何にする、と聞かれてもなー」

「お肉でも焼く? それとも魚?」

「う〜ん」

 さっきから、ずっとこんな調子でやりとりを続けているのだが、お互いどうにも煮え切らない。
 今日は普段よりも帰るのが早いせいか、今一つ微妙に食欲が湧いてこない。
 もっとも、横島は基本的に「出されれば食う」のがスタンスで、こんな料理が食べたい、という具体性に乏しいのも否めない。
 そこら辺り、まだまだ育てる余地は充分にあった。

 それはさておき、あれこれと店を覗いてみても今晩のメニューが決まらない。
 魚屋の兄ちゃんに呼び止められても、肉屋の主人に冷やかされても、どうも何かしっくりとこない。
 こりゃあ、一旦帰ってコンビニ弁当かな、と思い始めた矢先――
 一軒の立ち食いそばの看板が目に入った。

「―――な、タマモ」

 ちょっと食ってくか、と問いかけると、タマモも同じことを考えていたらしく、即座に、うん、という返事が返ってきた。



 少々立付けの悪いアルミ製の引き戸を開けると、茹でる湯とつゆの熱気が押し寄せてきた。
 まさに鰻の寝床のような、カウンターだけがまっすぐ伸びている店内は狭く、客は一列になって食べるより他はない。 幸い、店内には奥に陣取る初老の男性が一人いるだけで、横島とタマモは並んでカウンターの中ほどに位置を占めることができた。

 近頃は駅構内の店やチェーン店ともなれば、自動券売機が設置されているところが増えてきているが、ここにはそのような気の利いたものなどない。
 となると、カウンターの向こうに立つ、無愛想な中年の女性に直接注文することになるが、馴染みのない店では、大の大人でも少し気後れするものだ。
 横島はタマモがとまどうかと思い、ちらりと彼女のほうを見る。
 だが、タマモはそんなことなど意に介さず、いつもの決まった注文を告げる。

「おばちゃん、きつね一つ」

 あいよ、と無造作に返事するのをよそに、横島は少々驚いた顔をしていた。

「お前、いつの間に?」

「ん。横島がいないときにたまに、ね」

「ふうん―――あ、俺、ちくわね」

 うどんとそばどっち、と聞く声に、あわてて、うどん、と答えた。

 茹で置いたうどんやそばを手尺のついたザルに入れ、沸騰する湯の中でゆがく。
 ものの数十秒でゆがかれ、ほぐれたら、すぐに引き上げる。
 気の利いた立ち食いの店なら、ザルからこぼれる湯を片手に持ったどんぶりで受け、仄かにどんぶりを暖めておく気配りなぞも見せる。
 軽く一、二度振って湯を切った麺をどんぶりに空け、熱々のつゆを張る。
 あとは油揚げやちくわ天を乗せ、小口に切ったねぎを散らす。
 この間、ものの一分もあれば出来あがりだ。

「お待ち」

 カウンターの上に乗せられたどんぶりを取り、粗末な割り箸を手に一緒に食べる。
 ちょっと行儀は悪いが、いただきます、などとは誰も言わない。

 熱いところをふうふうと吹いて、柔らかな麺をたぐる。
 正直、茹で置きの麺はコシもなく、普通のうどん屋で食べるのとはやはり違う。
 つゆも最近はだしにも力を入れるようになってきたとは言え、かけももりも一緒のつゆではたかが知れた。
 でも不思議なもので、こうして立って食べていると、特に寒い今時分はおいしく感じられるものだ。
 毎日がこれでは物寂しいが、ときどき無性に食べたくなる、そんな味だった。

 半分に切られた長めのちくわを少しかじり、つゆを啜ると、台の上にことり、といなり寿司を乗せた皿が置かれる。

「あの? 頼んでませんけど?」

 注文していない品に怪訝そうな顔を見せる横島に、中年の女性は無愛想なままでそっけなく言う。

「おまけだよ」

「あ、どうもすんません」

「あんたにじゃないよ。そっちの―――お稲荷様へのお供えさ」

「ありがとう、おばちゃん」

 あっけにとられる横島をよそに、タマモとおばちゃんの間ではコミュニケーションが成立しているらしく、特に疑問を抱くでもなく、さっそくにいなり寿司をほおばっている。

「お前、いつもおまけしてもらってんのか?」

「ううん、残ってたときなんかにたまにね。さすがにお昼時とかは遠慮してるもん」

「お前の正体も知ってんのか?」

「何を今さら。ここいらの人はみんな知ってるわよ。私や、シロのこともね」

 だいたいおキヌちゃんのことも知ってたんだからそんなの当然でしょ、とタマモはあきれたように言う。
 たしかに、幽霊だったころのおキヌちゃんが、横島の家に来るたびにここで買い物なぞしていても平気だったのだから、それに比べれば生きている妖怪の一人や二人、どうということもない。
 近くにはちょっとした稲荷神社があってお祭りなどもあるのだから、もしかすれば御利益があるかも、と密かに期待しているかもしれないぐらいだった。

「そんなもんかね」

 なんとなくわかったような、わからないような顔をしながら、横島は残りのうどんを食べ、また半分ちくわをかじる。
 何の変哲もない、ただ衣をまぶして揚げただけのちくわだが、やけに美味そうに見えた。

「ね、横島。そのちくわ、頂戴」

「ん? これか?」

「そ。お稲荷さん一個あげるから。ね?」

「いいけど、食べかけだぞ、これ?」

「いいから」

 変なところで子供じみたタマモに根負けし、横島はほれ、とばかりにどんぶりを差し出す。
 タマモは箸でちょい、とちくわをつまむと、そのままぱくりと口の中に放り込んだ。
 もしゃもしゃと弾力のあるちくわの食感は、適度な歯ごたえがあって楽しい。
 衣からにじみ出る、たっぷりと含まれたつゆは同じはずなのに、やはりどこか違っていて美味しい。
 油揚げとちくわ天のコラボレーションを堪能するタマモは、なんとも幸せそうな顔をしているのだった。



 ごちそうさん、と引き戸を開けて外に出ると、すっかり暗くなっていて、冷え込みはじめている。
 うどん一杯のぬくもりに水を差す風に、思わず首をすくませると、吐く息がことさらに白く曇る。
 手袋をしていないタマモの手を握り、早く帰ろうか、と声を掛けると、ふと向かいの店の様子が目に止まる。
 夕方のタイムセールでも始めたのだろうか、ちくわ物産の店先には買い物客たちが群がり、愛想の良い社長が威勢の良い声を張り上げて呼び込んでいる。
 横島は手を繋いだままに問いかける。

「ちょっと見てくか」

「うん!」

 冬の夜は長くとも、春の訪れもそう遠くはない。

赤蛇様ちくわぶ三部作その3
これにてラストにございます(笑)
屋台でほのぼのと過ごす横島とタマモが実に良い雰囲気です。
ほのぼのとした話は書けないとか言ってましたが、どうやらブラフだったようですね(笑)
温かいお話を三つも寄贈してくださった赤蛇様に心より感謝を!


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