狐連れ狼!
(注意:この話は時代劇パロディです)
多くの人で賑わう江戸の町に『氷室』という茶店があった。
氷室は優しく腕のいい夫婦が切り盛りしており、おキヌという名の、明るくかわいい一人娘がおったそうな。
名物はぷるるんとして、冷たくおいしいわらびもち。
ある日のこと。
三人のヤクザ者が店に乗り込み、店主を大声で呼びつけた。
「氷室のおやじ、雪之丞さんがお呼びジャー!」
町でも有名なゴロツキの大男、虎吉と、金髪の異国人ピート。そして二人の後ろで、越後屋の若旦那でありながら、乱暴者で嫌われている雪之丞。
店主が三人の前に現れると、雪之丞が店主を殴りつけ、看板娘のおキヌを無理矢理連れて行こうとしていた。
「どうか、どうか娘だけはお許しください越後屋様!」
すがりつく店主を蹴飛ばし、越後屋こと雪之丞は手近にあった湯飲みを投げ付ける。
「氷室さんよぉ、この店を開くときに投資した金をまとめて返してくれるってんなら、俺達もこんな事しなくて済むんだよ。わかるだろ?」
「借りた分は返したじゃありませんか。それなのに、どんどん利子が膨らんで……あれは詐欺だ!」
「金貸しが利子を付けて何が悪い。とにかく、娘は借金のカタにもらっていくぜ」
「む、娘を返せ!」
堪忍袋の緒が切れた店主は虎吉に体当たりをするも、彼の巨体はビクともしない。
「がっはは、かゆいノー。もっと腰を入れんシャい」
虎吉が片手で突き飛ばすと、店主は紙のように吹き飛ばされてしまう。
「そんだけ元気があれば安心だ。せっせと働いて、早く借金を返してくれよ氷室さん。はっははは――!」
「お父さーん!」
「おキヌー!」
おキヌがさらわれていくのを、店主は悔し涙を浮かべて見ているしかできなかった。うなだれ悲観に暮れていると、涼やかな声で誰かが話しかけてきた。
「もし。そのように悲しまれて、一体何があったのでござるか?」
声の主は変わった形の乳母車を押す見目麗しい侍であった。
乳母車には金色の美しい髪を九つに結んだ娘が乗っており、眠そうな目で店主を見つめている。
「あ、あなた様は?」
「これは失礼。拙者は狼一刀(おおかみいっとう)と申すが、知り合いからはシロと呼ばれております。これは我が娘のたまもでござる」
「……ちゃん(まったくやる気のない声で)」
狼一刀の髪は透き通るように白く、腰下に届く程長い。
前髪から頭頂部へかけては毛が逆立つように流れ、その部分だけが燃えるように赤く染まっている。一見奇抜ではあるが、それは誇り高いたてがみの様にも思えた。
細身の体に不釣り合いな剛刀『胴太貫』を差し、凛とした空気を纏う女流剣士。
娘のたまもも、子供ながらに不思議な雰囲気を漂わせていた。
「聞いて下さいますかお侍様。じつは――」
氷室の主人は、おキヌが越後屋にさらわれたいきさつを話した。
「そうでござったか。非道な!」
「ああ、このままでは娘は遊郭に売り飛ばされてしまう……私はどうすればいいんだ」
「行き先に心当たりは無いのでござるか?」
「越後屋は娘をさらうと、いつも裏でつるんでいる代官に味見をさせるとか。この代官がまた助平で、むしろ代官が娘をさらわせているという噂もあるほどなのです。ああ、おキヌ……」
「その助平代官の名は?」
「確か横島と……」
「!!」
横島という名を聞いた瞬間、シロの表情が険しくなる。
「その……助平な代官の話に間違いはないでござるか?」
「はい、この町に住む者なら誰でも知っております。今までにも多くの娘がその毒牙に」
シロは目を伏せ、ゆっくりと呟く。
「店主殿、そなたの娘は拙者が連れ戻すでござる。安心召されい」
「ほ、本当でございますか!?」
「拙者、その代官には因縁があるのでござる。代官の屋敷の場所を教えてくれぬか?」
「は、はい、なにとぞよろしくお願いします!」
ぺこぺこと頭を下げる店主を脇に、シロは遠くを見つめていた。
(やっと見つけたでござるよ……)
代官の屋敷。
あたりは日も暮れ、月が闇を照らしている。
ろうそくの明かりに照らされた障子には、ふたつの人影。
「それではお代官様、金の菓子をお納めください」
「うむ、しかと」
そういってお代官様こと横島は、小判の包みを袖の下に滑り込ませる。
「ふふふ、儲かっているようじゃないか越後屋。おぬしもなかなかワルよのう」
「いやいや、お代官様にはかないませんや」
お約束のやりとりをした横島と雪之丞は顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「「わーっはははははは!!」」
ひとしきり高らかに悪人笑いを響かせた後、横島は上機嫌で扇子を仰ぐ。
「ところで雪之丞。その、アレだ。例の……連れてきたんだろ?」
「お代官様も好き者ですなぁ」
「お前だってこの後、お弓という娘のところにシケ込むんだろーが」
「へへへ、バレてましたか。気が強い娘ではありますがね、アレの時は猫みてーにかわいくなるんですよ」
「あーあー、腹ぁいっぱいだ。なんかますますムラムラしてきたではないか」
「それじゃあぼちぼち……虎吉!」
雪之丞が手を叩くと、おキヌを抱えた虎吉が部屋へ入ってきた。
隣の部屋へのふすまが開けられると、すでに布団が敷かれていて戦闘態勢は万端である。
ちなみに枕元には妙薬『倍櫓(ばいやぐら)』と、『ヤツメウナギの蒲焼き』のセット。「今夜は寝かせないぜベイベー」という意志がビンビンに感じられる仕様だ。
タイガーはおキヌを布団に下ろし「うらやましいですノー」と言いながら雪之丞と共に部屋を出て行った。
「さて……お前、名は何という?」
横島は扇子をピシャリと閉じておびえるおキヌに尋ねる。
「あ、わ、私キヌと言います。あ、あの、お家に帰してください」
「おキヌか……時に、惚れた男なぞはいるのかな?」
「えっ?」
ずいっ、と顔を近づける横島に、おキヌは顔を赤らめて目を逸らしてしまう。
「私、まだそういうの……よくわかりません」
もじもじと恥ずかしそうに答える仕草に、横島の煩悩メーターが一気に上昇、針は一気にレッドゾーンを振り切っている。
「よかろうっ! この俺が男というものを教えてあげようじゃないかぁッ!」
素早くおキヌの腰帯に手をかけると、あっという間にほどいて引っ張っていく。
異様に慣れた手つきはすでに達人の域に達している。
「あ〜れ〜〜」
くるくると回転させられたおキヌは、あっというまにブラとパンツだけの姿にされてしまう。
(注:時代劇ですが仕様です)
横島はすかさずヤツメウナギを平らげ倍櫓を数錠呑み込むと、ルパンダイブで押し倒す!
「ああっ、おやめくださいお代官様っ」
「よいではないか、よいではないか、減るものじゃなしっ! 痛くしないから!」
「っていうか、せめてもうちょっと前の色々な手順とか――あああっ!」
バァン!!
抵抗するおキヌと布団の上でもぞもぞしていると、突然ふすまがものすごい勢いで開かれた。
「そこまででござる!」
「……ちゃん(やる気のない声)」
そこにいたのは、たまもを抱いて鬼のような形相をした狼一刀――シロの姿であった。
背景に「ゴゴゴゴゴ……!」と効果音が付きそうな程の怒りのオーラが発せられている。
「何者だ!? いいところを邪魔しやがって。見張りはどうした!」
「役に立たない番犬たちには眠ってもらっているでござるよ」
「その声……お、お前シロか? 馬鹿な、何でこんな所に」
「ようやく見つけたでござるよ横島殿……いや、先生!」
「誰にも過去のことは話してないはずなのに、なぜ居場所が?」
この悪代官こと横島、かつて山中で道に迷い、人狼族の里に迷い込んだことがあった。
そんな横島を看病し、世話をしたのがシロである。
横島はお礼にと剣術を指導し、ほどなくして手の早い横島とデキてしまったが、ある日横島は別れも告げず里から姿を消してしまう。
その後を追い、シロは里を飛び出してきたのだ。
「先生の行動はまったく変わっていないでござるっ。拙者だけと言いながら、若い娘と見れば見境なく手を出しまくり――許せないでござる!」
「あ、あれは確か合意の上で……げふんげふん」
「拙者が怒っているのはそのことではなくて、何も言わずにいなくなったことでござるっ」
拳を握り締めて責めるシロに、横島は目を細めて遠くを見る。
「俺はな、文明社会を離れては生きていけない体質なんだよ。だから仕方なかった――」
そう言いかけて横島はギョッとした。シロの目にはいっぱいの涙が浮かんでいたのである。
「拙者が……どれだけ心配したとおもって……先生のばかぁ」
横島はきゅーんとした! (ドラクエ風に)
シロの仕草がツボに来た横島はシロをそっと抱きしめ、涙を拭いてやる。
「すまなかったシロ……だからもう泣くな」
「先生……」
「ところで、冷たい視線を俺に浴びせかけるこの子供はいったい誰なんだ?」
横島を見上げてめんどくさそうな顔をしているたまもを見て、横島が尋ねる。
「拙者と先生の子供でござるよっ」
「……ちゃん(超やる気のない声で)」
「なっ、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
それから硬直すること数十秒。
どう考えても計算が合わないとか、これからどうしようといった思考が横島の脳裏で回転し、
「ふ、ふふふ……ははーっはははー! イヤッハー!」
彼は壊れた。
「せ、先生?」
「ふふふ、いままで失敗したこと無いのが自慢だったが……認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものは」
「あの、一体何を……?」
「こうなりゃーもう、一人だろーが二人だろーが同じじゃーい! バッチコイ!」
「先生、なんだか下腹部にカタい感触が」
「たりめーだ! ヤツメウナギと倍櫓でパワーアップしたところを中断させられたおかげで、俺の『欲棒』はもうえらいことになっとるんじゃあ! どう責任取ってくれる!?」
「責任って……まさか先生、ここでは……しないでござるよね?」
「まとめて相手したるわ! 君と僕とでヤ○マーだぁっ!」
完全にプッツンした横島はタマモも押し倒し、本能にインプットされた動きで手早くシロの着物を脱がせにかかる。
「ああっ先生、ここじゃイヤー! 子供が、子供が見てるぅっ!」
「……ちゃん(心底イヤそうに)」
「へっへっへ、子供には何のことかわかるまいてっ」
「そういうわけで、シロもおキヌちゃんも、いっただっきまーす!」
「「きゃーっ!」」(おキヌとシロ)
――どげしゃあっ!
突撃しようとした瞬間、横島は何者かに後頭部を殴り飛ばされる。その勢いで壁にめり込み、死にかけた蛙のようにピクピクと痙攣していた。
横島を殴り倒した主は、栗色の長い髪にぼんきゅっぼんっ、のナイスバディのお姉様。怒ったシロが可愛らしいマスコットに思えるほどに怒りの炎を燃やし、まるで鬼神のごとくである。
「あ、あなたは……『暴れん坊お姫様』の異名を持つ、美神令子姫様!?」
予想外のVIP登場に、おキヌは思わずひれ伏してしまう。
「よ〜こ〜し〜ま〜ぁっ!」
「み、みかみひゃん……なんでここへ……」
横島はずるずると壁からずり落ち、ひっくり返ったまま美神を見上げる。
「ほんっと〜に偶然だったんだけど、全部聞かせてもらったわよ」
その瞬間、横島は全身の血が確かに凍り付く音を聞いた。
「せっかくお忍びで会いに来てやったら、三人同時対戦プレイなうえにオプションまでこさえやがって……パシリの分際で派手にヤってくれたわね……!」
わなわなと震える美神の手には、フルパワーでバチバチと放電する神通棍。
「あっあああ、これはその、話せばわか――」
「本当の意味で極楽にいかせたるわぁぁぁぁ!」
「うぎゃあああああああああ!」
後におキヌはこの時のことを、えんま様のお仕置きより恐そうだったと語ったという。
「――はっ!?」
横島がふと目が覚めると、そこは美神所霊事務所のオフィス。
自分は今、ソファーで横になっている。
そう、確かシロの散歩に付き合って燃え尽きたのではかなったか。
頭を振って辺りを見回すと、テレビでは時代劇がやっている。
そして画面に釘付けになって、しっぽをぱたぱたさせているシロの姿が見える。シロはいつもの格好で、着物姿ではないことにこっそりと安堵のため息をひとつ。
衛星放送で時代劇特集があるとかで、シロが楽しみにしてた事を思いだした横島は思わず苦笑する。
(しかし、なんちゅー夢だ……)
ため息をつきながら体を起こすと、それに気付いたシロが横島に飛びついてきた。
「おわっ!? こら、俺の上に乗っかるな」
「やっと起きたでござるか先生。ずっと寝てばっかりだったから、退屈だったでござるよ〜。散歩行こう散歩――ん?」
言いかけたシロは、自分の下腹部に当たるモノに気が付いて視線を落とす。
「先生、なんだかカタいモノが出っ張っているでござるよ?」
「だあああっ!? コラ、さわるんじゃないっ! これは寝起きと疲れの時に起こる男の生理現象だ!」
「へ〜面白いでござる」
「やめんかあああっ! お前ホントに子連れ狼になりてーのかっ!」
「どういう意味でござるか?」
「わかった、散歩でもなんでも行ってやるから離れてくれぇぇぇぇ! 俺は、俺は決して失敗せんからなぁぁぁぁっ!」
こうして、今日ものどかな一日が過ぎていく。
(夢で良かった……マジで)
おしまい
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