お姉さんは心配性!!
お姉さんは心配性!!
※注意:以下に該当する方は、この話はなかったことにした方が精神衛生上に良いと思われます。
1:ワルキューレは格好いいお姉さんだ
2:ワルキューレはバカなことはしない、言わない
3:ワルキューレはクールじゃなきゃヤダ
以上を踏まえて『問題ナッシング!』という方はこの先へどうぞ
「……妙だ」
ワルキューレはプライベートルームでポツリと呟いていた。
暗い部屋を照らす証明はモニターの淡い光のみ。
しばらくその画面を見つめていたワルキューレは、やがて電源を落とし立ち上がる。
闇に紛れたその表情は、彼女の人生で最も険しい表情をしていたと言っても良かっただろう。
「これは何かある。急いで調査しなければ――!」
取る物もとりあえず、ワルキューレは部屋を飛び出した。
「――それで、緊急事態ってなんなの? 私こう見えても忙しいのよねー」
ヒャクメは魔界の出張所に来ていたところをワルキューレに捕まり、話があると強引にカフェに連れ込まれていた。
魔界といえど都市には一通りの施設が揃っており、治安も悪くない。よく見れば客の中にも神族がちらほらと見受けられる。その店の奥角にある席で、ワルキューレは深刻な面持ちの顔を上げた。
「これはまだ誰にも話していないことだが……他言しないと誓えるか?」
「わ、わかったのね」
ワルキューレの鋭い眼光に、ヒャクメはゴクリと息を飲む。
「実は」
「実は……?」
しばし沈黙。そして――
「ジークの様子がおかしいのだぁぁぁぁぁッ!」
「きゃーッ!?」
両手をバァン! とテーブルに叩き付けてワルキューレは叫ぶ。
驚いたヒャクメは思わずジュースをひっくり返し、壁に背中を貼り付けて目を丸くしていた。
店中の視線が彼女達に注がれる。が、ワルキューレが血走った目でギロリと睨み返すと、みんな目を逸らしてしまった。
「頼む、原因を調べるのに協力してくれっ!」
「っていうか、緊急事態って……コレなの?」
「当たり前だ! いつもなら休日に四、五通は来ているはずのメールが一通しか届いてないんだぞ!?」
「それって、ただ単に忙しいのでは……」
「そんなはずはないッ! いくら忙しくても今までこんな事はなかった……あの真面目なジークがなぜ」
「か、考えすぎだと思うのねー」
「こうした小さなサインを見逃してジークがグレたらどうしてくれる。もしそうなったらお前のせいだぞ……というわけで協力しろ」
「ええー!? ひどい言いがかりなのねしかもワルキューレはブラコンだったのねー!?」
「やかましい! 緊急事態だと言ったろうがッ!」
どすっ!
ワルキューレはテーブルにコンバットナイフを突き刺し、ヒャクメを睨む。
「さあ、返答を聞こうか」
「ううう……協力させて下さい……」
滝のように涙を流しつつ、ヒャクメは首を縦に振るのであった。
「――で、私は何をすればいいのかしらー?」
「妙神山に連絡を取ったところ、ジークは外出しているという。そこでお前には、ジークの行き先をサーチ及びトレースしてもらいたいのだ」
「なんだか追跡捜査みたいなのねー。ちょっとわくわくしてきたかも」
ヒャクメはトランクケースからノート型端末とケーブルを取り出し、自分の感覚器官と接続する。こうすることで、ヒャクメが霊視したジークの居場所がディスプレイに映し出されるというわけだ。最初に、ジークのオーラを視覚化した点が画面に現れる。
「うーん、どうやらジークは人間界にいるみたいねー」
「人間界……そんなところで何をしているんだあいつは」
怪訝そうな表情のワルキューレを他所に、ヒャクメは慣れた手つきでキーボードを弾く。
「人間界の地図と座標を合わせて……よし、これでジークの行動はバッチリ把握できるのねー」
平面的なマップの上に、ジークの現在地が映し出された。自動車のナビゲーションシステムみたいな物だと思えば分かりやすいだろう。
「直にジークの映像を表示できないのか?」
「魔界からじゃあこれが限度なのね。でも、行動を追跡するならこれでも十分よ」
焦れったそうなワルキューレを諭すように答えたヒャクメは、再び画面に目をやる。どうやらジークは繁華街にいるらしい。大通りを移動し、いろんな店に出たり入ったりを繰り返しているようだ。
「あれ……?」
ジークが出入りしている店の名前を調べていたヒャクメが、あることに気付く。
「どうした?」
「今の店、女性専門のブティックなのねー。そんな所に何の用があったのかしら?」
「な……ま、まさか!?」
その瞬間、ワルキューレのバックにカッと走る稲妻。
弟はそっちの世界に目覚めてしまったとでも――!?
姉として弟に施した教育方針に何か落ち度があったのだろうか。
それとも、交換留学生という立場の肩身の狭さが歪んだ道に走らせてしまったのか。
ワルキューレの脳裏には、やたらキュートでヒラヒラで乙女チックな服装と仕草をするジークの姿が。
「なぜ……なぜ一言私に相談しなかったんだジークーーーーーッ!!」
「ひええええっ!?」
ワルキューレは歯を食いしばり、血の涙をドバドバ流して号泣していた。
「ちょ、ちょっと落ち着くのねー。っていうかなんで号泣?」
「うるさい! お前に私の気持ちがわかってたまるかっ。これからジークを人に紹介する度、あれは弟なのか妹なのか悩むハメなるんだぞ!?」
「ええと……何言ってるのかさっぱりなんだけど」
話が見えずに苦笑するヒャクメは、気を取り直して画面に目を向ける。ジークが辿っている道筋を俯瞰で眺めていると、あることに気が付いた。
「これってもしかすると――」
ヒャクメは自分の推測を確かめるべく、ジークのみに限定していたオーラ受信のチャンネルを広げてみた。無数の人間達の信号が散らばる中で、ひとつの反応が常にジークのそばに寄り添っている。それは女性の反応で、ヒャクメも知っている人物だった。
「なーるほど、こういうことだったのねー」
クスクスと笑うヒャクメを見て、ワルキューレは何がおかしいのかと詰め寄った。
「つまり、ジークはデート中なの。案外スミに置けないわねー。グレたんじゃなくて良かったのねーワルキューレ」
安心して肩の力が抜けたヒャクメがワルキューレの顔を見ると、そこに一匹の修羅がいた。
「な〜ん〜だ〜と〜〜〜〜〜!!!!」
目の前で、怒りの波動が地響きを起こさんばかりに噴き上がっているではないか。
「いっ!?」
「どこの腐女子が弟に手ぇ出しくさっとんじゃあああああッ! 分析しろヒャクメ!」
「な、なんかワルキューレのキャラが変わったのねー!?」
「敵の規模は、戦力は!? 速やかに報告せよッ!」
「ジークだって大人なんだし、デートくらいで目くじら立てなくても……」
「何か言ったかヒャクメ……」
その言葉のお返しとばかりに、地獄の炎のような殺意が宿った瞳が向けられる。あまりの迫力に、ヒャクメは蛇に睨まれたカエルのように固まってしまう。
「いいかよく聞け……ジークは私が手間暇かけて、どこに出しても恥ずかしくないインテリ美形魔族を目指して育て上げたんだ。小さい頃は姉上、あねうえと私『だけ』を慕ってくれたものだ。それを……受けとか攻めとか謎のや○い穴とかホザいてるようなアホ女にくれてやれるかぁッ!」
口から炎を吐き出さんばかりの勢いでワルキューレは絶叫し、さらにまくし立てる。
「それに、ジークはその女に騙されて弱みを握られ、貢がされているかもしれんのだぞ!? ああ……なんて可哀想なんだぁーーーッ!!!!」
一人で滝のような涙を流すワルキューレに、ヒャクメはもう開いた口が塞がらなかった。
「行くぞ」
「はい?」
「今すぐ人間界に行くと言ってるんだ!」
「ええええーー!?」
「この手でジークに付いた害虫を駆除してくれるわゴルァァァァ!」
「あうあう、今日は厄日なのねー……」
完全に目が据わっているワルキューレには逆らえず、ヒャクメは仕方なく付き合うことにしたのだった。
「ヒャクメ、目標までの距離は?」
「その角を曲がっておよそ五十メートル。ところで――」
「どうした?」
「この格好は一体何の意味が……?」
電柱の影から先の様子をうかがう二人は、眼の部分だけに穴が開き、どう見てもアレな人にしか見えない三角形の白いマスクを被っている。
「隠密行動中に万一正体がバレてはいかんだろう」
どうやらこのお姉さん、弟が絡むとまともな思考ができなくなるらしい。
「こんな死ね○ね団みたいな格好の方が余計目立つと思うんだけどねー」
「行くぞヒャクメ!」
(な、流されたのね!?)
ワルキューレとヒャクメは一気に飛び出し、女連れで通りを歩くジークの背後に駆け寄っていく。
「待てぇい、そこな二人! 貴様らの不純異性交遊、天が見逃してもこの私が認めんぞ!」
すびしっ! と指を差し、ワルキューレはジークと連れ沿って歩く女性を呼び止めた。
「えっ?」
「お、お前は――!」
赤銅色の長い髪をなびかせて振り返った女性は、ワルキューレと同じく軍に所属しているスズメバチの化身ベスパであった。ジーク同様にお洒落な洋服を身に纏い、誰がどう見てもデート中だとひと目で分かる格好をしている。
「貴様ッ、どんな手でジークを……そうか色仕掛けか、その無駄にでかい乳で誘惑したんだなッ!」
ワルキューレがベスパに詰め寄り叫んだのを最後に、その場に沈黙が広がった。
数十秒後。
「……何をやってるんですか姉上」
沈黙を破ったのはジークであった。
「なっ、なんのことかなっ? 人違いではないのか」
「だから……何をしているんですか姉上。そんな格好をして」
「違うっ、私はお前の姉上などではないっ! 第一何を根拠にそんなことを――」
「声を聞けばわかるじゃないですか」
「ぐっ!? た、たまたま私の声がお前の姉に似ているだけだ!」
「で、何をしているんですか姉上」
「違うといっとろーが!」
「じゃあ、あなたは誰なんですか」
「わ、私は」
しばし考え込んだ末に何か思いついたのか、ワルキューレは自信たっぷりに胸を張って言い放った。
「私はあっちの世界からやってきた、おばけのワルQさんだっ!」
もうジークは何と突っ込んでいいのかわからず、ベスパとヒャクメは笑いをこらえるので必至になっていた。
「……それで、そのワルQさんが私に何の用なんです?」
ジークはこめかみを押さえてため息をつきながら尋ねる。
「君は騙されているんだよ正ちゃん」
「誰ですか正ちゃんって」
「お前は弱みを握られて貢がされているんだろう? この後お前は絞れるだけ絞り取られ、ボロ屑のように捨てられてしまうんだ! 今ならまだ間に合う、早く目を覚ますんだ!」
「どーゆー思考回路してるんですか……何か嫌なことでもあったんですか姉上?」
「何が不満なんだ!? 女のことが知りたいなら実技込みで教えてやるから、帰ってこいジークーーーッ!」
「さらっと危険すぎることを言わないでくれ姉上ぇぇぇぇ!」
「だ、だから姉上ではないというのにっ!」
どうやら、ワルQさんには姉上攻撃が有効らしい。その事実に気が付いたジークは、怒濤の姉上攻撃を開始する。これ以上身内の恥を晒さぬ為には、自ら引導を渡すしかない。
「もういい加減にして下さいよ姉上」
「私はワルQさんだ!」
「弟に恥をかかせて何が楽しいんですか姉上」
「いや、だから……」
「どうせそこのヒャクメも無理矢理連れてきたんでしょう姉上」
「な、何故そんなことが」
「背格好と頭の形でわかりますよ姉上」
「ううう……」
「あまり他人に迷惑をかけてはダメでしょう姉上」
次々に繰り出される姉上コンボに、とうとうワルキューレの精神は限界に達してしまった。
「うわぁぁーーーん、ジークの意地悪ーーーーーーーッ! (ドップラー効果)」
ワルキューレはマスクを脱ぎ捨て、泣きながら脱兎の如く走り去っていった。
「あはっ、あはははっ! た、助けてジーク……くく、あははは!」
「ダ、ダメ……お腹がよじれそうなのねー……ぷぷ……!」
ベスパと残されたヒャクメは周囲の目も気にせず声を上げ、腹を抱えてひたすら笑い転げていた。
この後、ワルキューレは一週間ほど部屋に引きこもり、壁に話しかけていたとか。
そして二度とワルQさんの姿を見ることは無かったという。
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