GSちるどれん!

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  GSちるどれん!(3)  

 基地の中に侵入した子供達は、用心深く奥を目指していた。
 だが、奇妙な事に兵隊の姿がちっとも見あたらない。
 不自然に静まりかえった建物を進んでいくと、吹き抜けの広大な場所にたどり着いた。どうやらここが外から見えた巨大な塔の内部に当たるらしい。広さは外から見たよりもさらに大きく感じられ、反対側の壁に掛かっている警告の看板が小さな米粒のように見えるほどだ。
 吹き抜けの中央には床を突き抜けて巨大な柱がそびえ立ち、たくさんのパイプが繋がれている。壁際には何層にも渡って足場が築かれ、エスカレーターがいくつも設置されてさらに上のフロアーへと進んでいけるようになっていた。

「しかし妙じゃのう。こんなでかい基地だというのに、誰も姿を見せんとは」
「ワナかも知れまちぇんよ」
「うん」

 周囲に気を配りながら足を進めていると、大きな柱を見上げて娑婆鬼が尋ねた。

「なぁ、このでっかい柱はなんだべ?」

 子供達が顔を上げてその柱を見上げると、足元の人工幽霊が答えた。

『柱の内部から高エネルギー反応を感知。大規模な動力装置であると考えられます』

 聞き慣れない単語に天竜童子とケイはちんぷんかんぷんだったが、パピリオと娑婆鬼はさらに質問を続けた。

「じゃあここが基地の心臓部かも知れねえってことじゃねぇか。な〜んか臭うだ」
「で、ポチはどこにいるんでちゅかね?」
『先ほどからサーチしたデータをまとめると、この施設はこの場所を中心にいくつかのセクションに分かれているようです。美神オーナー達がどこにいるかは、ひとつずつ調べていくしかありませんね』
「面倒だけど仕方ないでちゅね。じゃあ、最初はどっから捜しまちゅか?」
「そうじゃのう……そこの上の方に見える所から始めるとするか!」

 天竜童子が指したのは、すぐそばのエスカレーターを登った所にある大きな扉だった。

「よーし、誰が一番乗りできるか勝負だべ!」

 そう言って娑婆鬼が一足先に駆け出すと、

「あっ、ずるいぞ!」

 とケイが駆け出し、

「鬼や化け猫などに負けるものかっ!」

 と天竜童子も走り出していった。
 パピリオはその様子を見つめながら、

「男ってどうしてこーゆー事で熱くなるんでちゅかねー?」

 と、やれやれなポーズを取って笑っていた。

「ああっ、何だこれ!?」
「うっ!?」
「むむっ……」

 ケイ、娑婆鬼、天竜童子はじっとエスカレーターを凝視して固まっていた。

「か、階段が動いてる!?」
「何でこっちに下りてきてるんだべ ?オラ達を登らせたくねぇのか?」
「ふははは! 知らんのかお前ら。これはな、こうやって――」

 高笑いをした後、天竜童子は下ってくるエスカレーターを一生懸命駆け上ぼり始め、

「足腰を鍛えるためにあるのだっ! どうだ余の走りは! 見直したかパピリオ!」

 と、得意げに振り返りつつ叫ぶ。

「くっ、女の前だからって格好つけやがって! どりゃあああ!」
「ぼ、ボクだって負けないぞ! うにゃにゃにゃーーーっ!」

 そして娑婆鬼とケイもその後を追い、下りのエスカレーターを必死に駆け上って行った。

「……えっと……あれは三人とも素でやってるんでちゅよね?」
『た、たぶんそうなのでしょうね』

 パピリオと人工幽霊は、ぽつねんとその場にたたずんでいた。
 最初は勢い良く走っていた三人だったが、何度も折り返しのあるエスカレーターにだんだん息が上がってしまう。
 ようやく上のフロアに着いたときには、全員座り込んで互いに背を預けてゼェゼェと肩で息をする始末であった。
 と、そこへ反対側にあるエスカレーターからパピリオが悠々と登ってきた。彼女は人工幽霊のミニ四駆を抱えてくたびれた三人に近付くと、クスクスと笑う。

「あんた達の登ってきたのは下りのエスカレーターでちゅよ? おバカでちゅねー」

 そう言ってパピリオが通り過ぎていくと、三人はぐったりと床に転がるのであった。


 子供達はエスカレーターの前にある扉を開けようとしてみたが、固く閉ざされビクともしない。押しても引いても動かぬ扉をどうしたものかと考えていると、人工幽霊が前に出た。

『この扉は電子ロックが掛けられているようですね。私がシステムに侵入し、セキュリティを解除しましょう』
「器用なマネができるなお前は。じゃあ頼んだぞ人工幽霊」

 人工幽霊はミニ四駆から抜け出すと、壁にあるセキュリティ端末の中へと侵入していった。電子ネットワークの流れに乗り、人工幽霊は司令室のメインコンピュータに辿り着く。そこは膨大な量の情報が波のように変化し続ける、まさにデータの海と呼ぶにふさわしい。
 人工幽霊は体の一部を波に溶け込ませ、データのハッキングを開始した。元々が霊的なメカに近い彼にとって、こういった作業は得意とする分野である。
 視覚を監視カメラに接続し様子をうかがうと、司令室にはたくさんのオペレーターが様々な作業をしている。
 しかし、誰も人工幽霊の存在には気付くはずもない。

(ロックを解除するついでに、この基地のデータを収集する……美神オーナー達の居場所も記録にあるはずだ)

 人工幽霊はロックの解除コードを解析しながら、基地のデータをダウンロードしていた。
 そしてそのデータから、美神達の居場所をサーチする。

(心霊兵器開発セクション……飼育・保管セクション……エネルギー変換セクション……バイオロジーセクション……データ検知! 美神オーナーはここか……)

 人工幽霊はバイオロジーセクションの記録の中に、美神達の検査工程を発見した。どうやら今は処置室で血液を採取されているらしい。
 そしてそのセクションは、ちょうど子供達がいる扉の向こうだった。
 余計に動き回らずにすむと思った矢先、人工幽霊は戦慄した。
 中央の塔を映すモニターには、子供達の周りを無数の兵士が死角に隠れながら取り囲んでいる。
 前後左右、そして扉の向こうにも。
 しかも彼らは霊的迷彩を施しており、子供達の感覚から巧みに身を隠しているではないか。
 人工幽霊は自分の判断が間違っていた事を痛感した。
 兵士の姿が見えなかったのは、初めからこれが目的だったのだ。
 この程度の事は予想できたはずなのに、子供達を危険な場所に置き去りにしてしまった。
 ミイラ取りがミイラになる――想定していた最悪の結末であった。

(何という事だ……急いで子供達を救わなければ。だが、今の私には戦う力がない……どうする……?)

 人工幽霊が解決策を考えていると、新たにデータが彼にダウンロードされてくる。新型ゴーレムの試作機が、心霊兵器開発セクションに眠っているというものだった。

(……!)

 直後、人工幽霊は即座に心霊兵器開発セクションへと続く回線の中に消えていった。
 兵器工場には獣人の培養槽や様々な装置が並んでおり、その下部からは様々なパイプやコードが触手のように伸びて複雑にうねり絡み合っている。その一角に、厳重な鉄のカバーで覆われた巨大なカプセルがあった。カプセルには様々な数字や英語が書かれ「ゴーレム試作機:開放厳禁」と記されていた。
 人工幽霊は回線を通り抜け、そのカプセルの中に飛び込む。
 そのゴーレムの試作機は青い色をしており、茂流田が連れていた機体とはそこが違う程度で外観上の違いはほとんど見受けられなかった。
 そのボディをチェックすると、幸運な事にどうやら魂はインストールされていないらしい。
 迷わずゴーレムに憑依した人工幽霊は、その機能を確認する。

(固定武装表示。腕部バルカン・肩部多目的グレネードランチャー・GSバスターアーム・霊力反射シールド――全装備、機能に問題なし――弾倉装填確認。エネルギー充填確認――)

 全てのチェックが完了した後、ゴーレムの目に光が宿る。

『システムオールグリーン。ゴーレム:コード【R7037】起動します』

 その直後、カプセルは粉々に弾け飛び、中から人工幽霊の憑依したゴーレムがその姿を現した。
 突然の出来事に兵器開発のエンジニア達は驚き、クモの子を散らすように逃げまどっていた。すぐ近くで拳銃を発砲してる研究員もいたが、軽くはたいただけでその男は数メートルも吹き飛んでしまう。

(これは強力だ。これならば申し分ない)

 動作に問題はない事がわかったが、このボディは視覚状況がいつもとは違い、周辺にある物を色々とスキャンできるようになっていた。
 機能に慣れるために部屋のスキャンを行ってみると、エンジニア達が開発していた物がロックオンされた。
 頭部を覆う、マスクのような構造をしている。

『データ照合……神鉄による精神波遮断ヘルメットであると確認。設計に欠陥があり、電波および精神波を98パーセント遮断するものの、外部からの命令も遮断してしまうため改良の余地あり。規格適合……当ボディに装備可能』

 ゴーレムの指令系統は、音声認識の他に、精神波発生コントローラーでも行うものらしい。この装置は、特殊な精神波や電波による命令系統の支配を防ぐものらしい。
 人工幽霊は何かの役に立つと思い、その金属でできたマスクを装着する。

『デバイスセットアップOK。精神波に対する抵抗力を獲得……さあ、急いで子供達の元に向かわねば』

 人工幽霊はその大きなボディをひるがえし、子供達のいる中央の塔へと走り出した。




「遅いな……人工幽霊はまだ戻ってこんのか?」
「まだみたいでちゅね」

 待ちくたびれた天竜童子が退屈そうに呟き、パピリオはただの玩具に戻ったミニ四駆を指先で押す。その時、ケイの耳がピクピクと何かの物音を聞き取った。常人には決して感じる事のできないごくわずかなものであったが、化け猫の優れた感覚がそれを捉えていた。

「みんな……何かいるよ……それもたくさん!」
「何っ!?」

 いつになく真剣なケイの言葉に、他の三人も素早く身構える。
 だが、周囲には沈黙が広がっているだけで何もいない。

「何もおらんぞ」
「変なんだ……気配は感じないのに、ごそごそ空気が動いてる。どんどん近付いてきてるよ!」
「ふん、コソコソ隠れるなんてセコい奴らだべ」

 ケイの鋭い感覚には、確かに何かが近付いてくる違和感が感じられていた。

「出てこないんだったら、出てこさせればいいんでちゅよ!」

 しびれを切らしたパピリオは離れた足場に霊波砲を撃ち込んだ。
 足場は粉々に砕け、残骸や破片が下のフロアーに落下していく。
 すると、下の方から悲鳴や叫び声が聞こえてきた。
 急いで下のフロアーを覗き込むと、武装した兵士達が残骸の下敷きになってもがいていた。

「いた!」
「あいつら霊的迷彩を着込んでまちゅね。どーりで気配を感じなかったわけでちゅ」
「オラ達とやろうってのか。面白れぇ!」

 その様子を見ていると、離れた場所にある扉が開き、サングラスの男と獣人、そして赤いゴーレムがその姿を現した。

「やれやれ、バレてしまったか。よく来たな子供達。私がこの基地の責任者、茂流田だ。歓迎するよ……ククク」

 サングラスの位置を中指で直し、茂流田は不敵に笑う。

「とうとう現れたな奸族! 貴様らの悪行、全てお見通しじゃ! この仏法の守護者にして龍神王の世継ぎである天竜童子が成敗してくれる!」

 天竜童子は背中に背負っていたケースから神剣を取り出し、それを振りかざして叫んだ。

「母ちゃんを返せ!」
「ポチも返してもらいまちゅよ」
「んだ!」
「これはまた威勢のいい……ぜひ一度君たちの実力を見せてくれないか? 私はそれが知りたくてしょうがないのだよ」

 茂流田が指をパチンと鳴らすと、上下左右の足場からズラリと武装した兵士が姿を現し、子供達を取り囲んでいた。

「よくもぬけぬけと……子供と思って侮るな!」

 天竜童子の合図と共に、子供達は飛び出した。
 塔の内部は銃弾や霊波が飛び交い、大混戦の様相を呈していた。
 子供の姿をしていても、それぞれが強力な力を持った存在であり、武装しているとはいえGSでない相手に後れを取ることはなかった。
 どんどん兵士達を蹴散らしながら、子供達は茂流田に近付いていく。

「素晴らしい……君たちは今までの中で最高の素材だ! ぜひとも私の物になってもらうぞ!」

 茂流田は興奮を隠そうともせず身を乗り出し、下のフロアーで暴れ回っている子供達を見ては悦に入っていたが、やがて平静を取り戻して携帯電話を取り出した。
「私だ……アレを使うぞ。龍脈炉の出力を上げろ!」
 電話で司令室に指示を送ると、塔の中心を貫いている柱が不気味な音を立ててうなり始めた。

「ゴーレム、シールドをモード2にシフト。即時展開しろ」

 茂流田の言葉にゴーレムは小さく頷き、目には見えぬ結界を周囲に張り巡らせた。やがて、凄まじいエネルギーの奔流が足元――正確には海の底――からせり上がってくるのを子供達は感じた。

「な、なんでちゅか、このとんでもないエネルギーは!?」
「何かを始める気だべ!」
「うわわっ」
「ええい、何をしようがあの男を成敗すればカタは付く! どかんか貴様らっ!」

 兵士達を振り払いながら、子供達はとうとう茂流田の前までたどり着く。

「もう逃げられんぞ、観念せい」

 天竜童子が神剣を突きつけて迫るが、茂流田は取り乱す事もなく表情を崩さない。

「惜しかったな君。もう少しで勝利という所だというのに」
「何を言っておる? お前は追いつめられて何もできまいが!」
「フフフ……追いつめられたのは」

 茂流田が口の端を上げてその目を光らせたとき、柱が不思議な波動を放出した。それは塔の内部からどんどん広がり、やがてはメガフロート全体をも覆うほどに膨らんでいった。
 直後、天竜童子の手からは神剣がこぼれ落ち、床にヒザをついていた。

「ぐ……か、体が……力が……抜けていく……」

 ふと仲間達を見れば、自分と同じく苦しそうな表情で横たわっている。にもかかわらず、目の前の獣人は何事もないようにこちらを見つめているではないか。

「ど、どうなって……おる……の……だ」

 茂流田は天竜童子の目の前にしゃがみ込み、顔を覗き込みながら喋り始めた。

「この基地の真下の海底にはちょうど大地の血管『龍脈』が流れている。我々はそのエネルギーを吸い上げ、利用しているのだ。魔力と違い、大地の気は我々に悪影響が少ないからな。そして、この基地全体には霊力封じの超巨大な結界があらかじめ描かれていたのだ。それを起動した今、霊的存在の君たちは満足に動けまい。このゴーレムのシールドの中は別だがね。君たちに最初から勝ち目などなかったのだ……ふふ……くくく……はーははは!」

 勝ち誇った茂流田の笑い声が塔の中に響き渡る。
 そして子供達は霊力を封じられるリングをはめられてしまう。もはや、彼らは外見と同様の「ただの子供」になってしまったのだ。
 結界を張る必要がなくなった柱は再び静かになり、その効果は消えていった。子供達をなめ回すように観察した後、封印のリングを見ながら茂流田は驚きの声を上げていた。

「これは凄い。龍神と蝶の化身はリングが抑えられる限界値に近い霊力を秘めている。これは取り扱いに充分気を遣わねばならんな。よし、とりあえず連行――」

 満足そうな表情の茂流田が近くにいた兵士に指示を出そうとしたその時だった。そばにある扉の向こうから、慌ただしい物音が響いてきた。そして扉が開かれると、無数の兵士達がもつれた足取りで飛び出してきた。


「何事だ!」
「た、大変です! ゴーレムの試作機が突然暴走を始めました!」
「バカな。アレには魂をインストールしていないんだぞ!? 勝手に動くはずが――」

 そう言いかけた瞬間、爆音と共に正面の扉が吹き飛んだ。
 もうもうと煙が立ちこめる中から、ずしゃっ、ずしゃっ、と重厚な足音が響いてくる。
 それはまさしく、青いボディに黒く光る鉄のマスクを付けたゴーレムであった。

「ど、どうなっている!? 何故勝手に動く!?」

 ゴーレムは茂流田の方に向き直すと、無言のまま近づいてくる。

「くっ、原因はわからんが、とにかく止めねば」

 懐から小さなコントローラーを取り出した茂流田は、ゴーレムにそれを向けてボタンを押す。

「停止せよR7037! 私はお前の起動を許可した憶えはない!」

 それはゴーレムの緊急停止信号を送るコントローラーだったのだが、スイッチを入れても何の反応もない。変わらずゴーレムは歩き続け、茂流田を目指し続ける。

「あ、あのヘルメットは……ちっ、精神攻撃対策の装置がこんな形で裏目に……!」

 茂流田が歯ぎしりをした直後、青いゴーレムから声が聞こえてきた。

『茂流田、今すぐその子供達を解放しなさい。さもなくば、実力で奪い返します』

 その言葉に、子供達の表情がぱっと明るくなる。

「人工幽霊!」

 子供達を見てコクッと頷くと、ゴーレムの腕から小型の銃身が飛び出し、照準を茂流田に合わせる。

「お前は何者だ! どうやらこの子供達の仲間のようだが」
『私の名は渋鯖人工幽霊壱号。あなたに拉致された美神令子オーナーを救出しに来た』
「人工幽霊……その機体を奪われるとは誤算だったな」

 そう言いながら茂流田が懐に手を入れようとすると、足元に銃弾が撃ち込まれた。

「うっ……!?」
『もう一度警告します。今すぐ子供達を解放しなさい。次は命中させます』
「残念だが、私もそう簡単に諦めるわけにはいかんのだ。やれ、R7038XX!」

 茂流田の合図と共に、赤いゴーレム――R7038XX(ダブルエックス)――が人工幽霊に飛びかかった。
 動きを感知した瞬間に人工幽霊は銃撃したが、茂流田の体は獣人に抱えられ遙か上空に舞っていた。

「総員、全力を挙げてブルーゴーレムを破壊せよ! けっして子供達を奪われるな!」

 離れた場所に避難した茂流田は電話で基地全体に緊急指令を発し、塔に続々と兵士達が集まってきた。
 人工幽霊は赤いゴーレムと組み合いながら激しい格闘戦を繰り広げ、その間にも四方から人工幽霊めがけて銃弾の雨が降り注ぐ。ゴーレムの装甲はその程度ではビクともしないが、このままにしておくといささかやりづらい。
 人工幽霊はダブルエックスの両腕をかんぬきに捉え、そのまま引っこ抜くように後方に投げ飛ばす。壁に激突し、その重量でめり込んだ赤いゴーレムを置いて人工幽霊は跳躍した。
 高い足場の上には兵士達がガトリング砲を設置しようとしていたが、兵士達を振り払うとそれを手に取った。そして、足場やパイプのジョイント部めがけて銃弾を乱射し始めた。
 火花が飛び散り、壁に穴が空き、足場が崩壊する。
 落下してきた破片の下を、兵士達が右往左往しながら逃げまどい、腕部マシンガンも含めて弾丸を全て撃ち尽くした頃には、子供達のいる場所以外の足場はほとんど全てが破壊され落下していた。
 兵士達も瓦礫の崩落で道を遮られたりして、ほとんどが戦闘不能になっていた。

『サーチ終了……死者……ゼロ』

 ただの鉄の塊となったガトリング砲を投げ捨て、人工幽霊は子供達のいる場所へ向かって跳ぶ。

 ――ガキィッ!

『!?』

 しかし、突然瓦礫の下からダブルエックスが飛び出し、人工幽霊に体当たりする。そのまま壁に激突し、押しつけられた人工幽霊の視界には激しいノイズが走っていた。
 鉄塊のような拳で何度も殴りつけられ、きしむ音と共にどんどんボディがひしゃげていく。もちろん人工幽霊もただやられるばかりでなく、必死に押し返そうとするが、相手のパワーは人工幽霊の機体を上回っていた。
 再び殴りつけようと拳が振り上げられたその時、がら空きになった胴を蹴り飛ばして人工幽霊は脱出する。
 すかさず仰向けに転がったダブルエックスを踏み潰そうとしたが、素早い動きで横に転がりかわされてしまう。その後もつかみ、蹴飛ばし、殴り合っていたが、徐々に人工幽霊が押されていく
 その様子を、リングを付けられた子供達は手に汗を握って見守っていた。

「ぐぐ、どうなっておるのだ! 人工幽霊が押されておるぞ!?」
「あの赤い方、動きが人工幽霊の方とまったく別モンだべ。形は同じでも、遙かにパワーアップされてるんじゃねーか?」
「そんな……じゃあ人工幽霊負けちゃうの?」
「信じるしかありまちぇんよ……」

 真剣な眼差しでそう言ったパピリオの言葉に頷き、子供達は勝負の行方を見守った。

「ははは、一時はどうなる事かと焦ったが、勝負あったな。所詮あの機体は旧式。私の最高傑作【R7038XX】はパワー・スピード・装甲にいたるまで全ての性能が上回っているのだからな! そのまま破壊する事を許可するぞ!」

 もはやボディは限界に達していた。
 内部のメカニズムは激しく損傷し、漏電して体中の関節からスパークが発せられている。

(ダメージレベルがレッドゾーンを突破……動力破損……エネルギー残量急速に低下)

 この状況で、どう分析しても勝ち目はない。
 それでも諦めるわけにはいかなかった。自分以外に美神を、そして子供達を救える者はいないのだ。
 人工幽霊は最後の瞬間まで、その目的を達成する事に全てを懸けていた。破損した装甲の隙間から白煙を吹きつつ、人工幽霊はぐらつきながら立ち上がる。
 ダブルエックスが近づき、人工幽霊の左腕を掴んで引きちぎる。投げ飛ばされた腕が、無造作に床に落ちた。さらに身体を持ち上げられ、遠くへと投げ飛ばされてしまう。
 弧を描いて落下した場所は子供達がいるすぐそばで、彼らは心配そうに駆け寄ってきた。大破寸前のボディはあちこち装甲が剥がれ、ひと目でもう戦えないと分かるほどに痛めつけられていた。

「しっかりしろ人工幽霊! 大丈夫なのか!?」

 涙目で尋ねる天竜童子に、人工幽霊は顔を向けた。

『私は霊体ですから、このボディが壊れようと平気です。ですが、このままでは皆さんを救えない』
「何かいい方法はないんでちゅか?」
『……』

 パピリオの言葉に少し沈黙していた人工幽霊は、静かに話し始めた。


『先程からこの窮地を切り抜ける方法はずっと考えていました。ですが、どう考えてもある答えしか導き出されず……決断しかねていました。ですが、もはや私に選択の余地は無くなりました。これより、それを実行します』
「ね、ねぇ、何をするつもりなの?」

 何か胸騒ぎを感じたケイは震える声で尋ねる。


『中央のエネルギーパイプに突撃し、このボディを爆破します。成功すればこの基地を無力化し、あのゴーレムも撃破できるでしょう』

 淡々と語られたその言葉に真っ先に反応したのはパピリオだった。

「ちょっと待つでちゅ。そんなことしたらあのものすごいエネルギーに巻き込まれて、人工幽霊なんか消し飛んじゃいまちゅよ!」
「なんだと!? そんな……そんな玉砕戦法、余は認めんぞ!」
『もう他に方法がないのです。わかってください』
「いやだよそんなの! やめて人工幽霊!」

 ケイは大きな瞳を震わせ、必死に涙をこらえていた。
 それを見たとき、人工幽霊は自分の成すべき事をハッキリと確かめる事ができた。

『みんなを守る……そのために、私はここへ来た。ほんのわずかな間でしたが、楽しかった』

 無慈悲な赤い影が近づいてきたとき、人工幽霊は全エネルギーを解放し、跳ね上がるように立ち上がり突進した。ダブルエックスに体当たりすると、残された右腕で万力のように胴を締め上げる。ダブルエックスはそれを振りほどかんと激しく殴りつけるが、どれだけダメージを与えようとも人工幽霊は離れない。
 すでに限界を超えた身体は、亀裂が走り次々に崩壊していく。だが、人工幽霊は全てのパワーを振り絞ってダブルエックスを捕らえたまま、中央にそびえ立つ柱に向かって真っ直ぐに飛んでいった。

(子供たちをやらせはしない――我が魂にかえても!)

 柱に激突し、崩壊してゆくボディをダブルエックスに押しつけたまま人工幽霊は機体の機密保持のために使われる自爆装置を起動させた。
 崩れ落ちた青いゴーレムの左胸に、赤いランプが点滅する。
 それは――自爆装置が作動した証であった。

「そ、そこで自爆だと……おのれ、この屈辱は忘れんぞ!」

 茂流田は素早く状況を理解し、その場から逃げ出そうとした。しかし彼の行く手を、四人の子供が遮った。

「うっ……」
「数々の狼藉を働いた貴様は許せん。だが今はそれよりも――」
「人工幽霊を止めて!」

 天竜童子とケイが言う。

「む、無理だ。もう止められん」
「緊急停止装置くらい付いてるはずだべ!」
「時間がないんでちゅ! 方法知ってるんなら早く言えーーーッ!」

 娑婆鬼が睨みをきかせ、パピリオが茂流田の胸ぐらを掴んだ。
 皆の顔は必死だった。

「こ、これがコントローラーだ。中央のボタンを押せば停止させられる。だが――」

 茂流田が全て答える前にそれをひったくると、子供たちは人工幽霊へ向かって走り出した。

「やめろ人工幽霊! やめるんじゃ!」

 走りながら何度もボタンを押す天竜童子。
 しかし、人工幽霊のランプは消えない。

「とまんないでちゅよ!? 何やってるんでちゅ!」
「ちゃんと押しておる! 押しておるのに効かんのじゃ!」

 彼らは知らない。人工幽霊が精神波やコントロールを一切遮断する装置を身に付けていることを。
 ひび割れたモニター越しに、こちらへ駆け寄ろうとする子供たちの姿が見える。
 自分が失われてしまうことを惜しんでくれる仲間たち。
 それを見ることが出来ただけで、人工幽霊は満足していた。

(後悔はない……これでいいのでしょう、渋沢博士……)

 最後の瞬間、なぜか子供達の笑っている顔が、そして遙かな記憶の彼方に、渋鯖博士の数少ない笑顔が人工幽霊の思考に浮かんでいた――




「人工幽霊ーーーーーーーーーッ!」




 轟音。衝撃。爆風――
 それらが過ぎ去った後、あたりを支配したのは沈黙の静けさ。
 そこにあった建物は全て灰燼となり、うず高い瓦礫となって積み上がっているだけだった。
 沖合で漁をしていた漁師は、後にこの時の事を「天に向かって光の龍が登っていったようだった」と語ったという。
 塔は真ん中から真っ二つにへし折れ、完全に機能を停止していた。
 やがて積み上がった瓦礫がゴソゴソと動くと、その下から天竜童子を始めパピリオ、ケイ、娑婆鬼が次々に姿を現した。

「皆、ケガはないか?」
「ああ、なんともねー」
「でも……人工幽霊が」
「……」

 ケイが呟くと、全員がうつむいた。
 しかしこのままここにいるのも危ないため、立ち上がって歩き始めた。体中のホコリを払っていると、首のリングが音もなく崩れて砂になってしまった。先のエネルギーの暴走で、キャパシティを超えるエネルギーが流れ込んで壊れてしまったのだろう。
 四人は柱のあった部分までやってきた。
 足元は崩れたコンクリートやパイプが飛び出し歩きにくかったが、なんとかたどり着く事ができた。
 そこには、バラバラに砕け散った赤いゴーレムの破片と、両膝を付いて座ったまま動かなくなった青いゴーレムの残骸が残されていた。
 装甲は剥がれ、手足は焼けこげてちぎれている。
 顔は目と口の部分に黒くて丸い穴がぽっかりと開いているだけで、どこを見つめているのかさえ知る事はできない。
 もはや物言わぬその残骸を、子供達は立ち尽くしたままじっと見つめていた。

 何も言わずに、ただずっと――

 やがて遠くから誰かの声が聞こえてきた。
 振り返ると、栗色の長い髪の女、巫女服を着た少女、バンダナの少年――そして露出の多い、色香の漂う女性が瓦礫を乗り越えてきていた。
 動力が破壊された事で、捕らえられていた美神達や美衣の拘束も外れていたのだ。

「母ちゃん!」
「ケイ!? どうしてここに?」
「どうしてって、ボクは母ちゃんを助けに来たんだよ!」
「お前が……そう、そうだったの……ごめんね、心配かけて」
「母ちゃん!」
 
 美衣は力一杯息子を抱きしめ、ケイもまた、母の無事と温もりを体いっぱいに感じていた。
 そしてパピリオや天竜童子も、横島との再会に喜びを現していた。

「それにしてもこれ……すごい爆発だったみたいね。一体何があったの?」

 美神がふと尋ねた一言に、子供達の表情が曇る。
 そして彼らは、自分達がここに来た経緯を全て話した。

「――そう、人工幽霊が私達を救ってくれたのね」
「余がもっとしっかりしておればこんな事には……情けない」
「お前のせいじゃねぇよ。子供だけでよくやったじゃないか」
「ポチ……」

 天竜童子もパピリオも唇を噛んでうつむいていた。
 その時、少し離れた所から娑婆鬼の声がした。
 みんながそこへ集まってみると、瓦礫の下敷きになった茂流田がいた。そして彼をかばったのか、破片が突き刺さって絶命した獣人の姿があった。

「まだ生きてるだぞ、この野郎」

 娑婆鬼の呟きの後、茂流田はゆっくりと目を開けた。

「フフフ……負けたよ。私も所詮、弟と同じ穴のムジナだったというわけか」
「あんたは終わりよ茂流田。今度は世界レベルで手配をかけて、あんた達みたいな組織は根こそぎ壊滅させてやるわ」
「本当に残念だ。私の可愛い子供達が……世界で活躍する姿を見たかったものだ」
「ふざけるんじゃないわよ! 獣人達を思い通りに操って利用しようとするあんたに、子供を語る資格なんてないのよ!」
「ふっ……そうか」

 そうとだけ言い残し、茂流田は意識を失った。
 その後、現場に西条とオカルトGメンが到着し、茂流田とその組織の関係者は軒並み逮捕された。
 現場から少し離れたところで美神達が軽い食事をもらっていると、美衣に連れられてケイが横島の前にやってきた。

「ホラ、ケイ。お兄ちゃんにずっと会いたかったんでしょ?」
「う、うん……」

 ケイは緊張した面持ちで横島を見上げる。

「え、えっと。ボク、ずっと兄ちゃんに会いたかったんだ」
「そうか。しばらく見ないうちに、大きくなったなぼうず」

 横島はニカッと笑い、ケイの頭をクシャクシャとなでてやった。

「でも、ボクあやまらなくちゃ……」
「何をあやまるんだ?」
「ボク、強くなって母ちゃんを守るって兄ちゃんと約束したのに……逃げちゃったんだ。ごめんよ兄ちゃん」

 横島はふふっと笑うと、ケイの肩を掴んで真っ直ぐに目を見た。

「けど、お前は今こうして母ちゃんを助けに来たんだろ? よく頑張ったなあ。えらいぞ」
「う……に、いちゃん……ボク……うわああああああああん!」

 横島にしがみついて、ケイは堰を切ったように泣き出した。
 あまりに泣きじゃくるので、横島もちょっと戸惑ってしまったくらいだ。

「お、おいぼうず、もう大丈夫なんだからそんなに泣くなよ」

 と、それを見ていた美神が横島に首を振りながら言った。

「バカね。もう大丈夫だから、泣いてもいいのよ」

 それから横島は、ケイの気が済むまでずっとそうさせていた。




「結局――人工幽霊がいなかったら私達はな〜んもできなかったわけでちゅし……残念でちゅ」

 パピリオと天竜童子は、瓦礫の上で柱のあった方を見つめていた。

「余の家来にしたいほどの奴だったな。それなのに自爆などしてしまいおって」

 やりきれない思いに、天竜童子が大声で叫ぶ。

「戻ってこんかーーーー! 人工幽霊のばかものーーーー!」

 力一杯の声が響いたとき、ふと瓦礫の向こうで何かが動いた。
 注意深くそこに目をやると、それは娑婆鬼のミニ四駆だった。

「ま、まさか」

 ミニ四駆は、自分で動いてこちらに向かってきていたのである。

『爆発の衝撃でずいぶんと飛ばされてしまいました。お呼びですか天竜童子様』

 慌てて駆け寄った天竜童子とパピリオは、喜びの声を上げてミニ四駆を抱きしめたのだった。




「――今回の冒険は楽しかったのう、パピリオ」
「そうでちゅね。またそのうち抜け出しまちゅか?」

 妙神山の神殿で、二人はお仕置きとして正座をさせられていた。
 だが、その表情はどこか満足そうな、楽しそうなものだった。
 小竜姫やジーク、斉天大聖老師はすぐそばの部屋で「ああっ、気をつけて!!」とか「ワシの可愛いパピちゃんになにさらすんじゃゴルァ!!」とか騒ぎながらビデオを見ていた。
 それは人工幽霊が記憶していた映像を美神が小竜姫達に売りつけたものだそうな。





「とりあえずこれで元は取ったから良しとしようかしらん」

 小判を数えながら美神はご満悦である。

「神様にビデオを売りつけるなんて聞いた事無いッスよ」
「そんなに高く買ってもらえたんですか?」

 横島とおキヌは、ややあきれたように尋ねる。

「小竜姫ってね、意外と過保護なのよねー。この話をしたら目の色変えて欲しがったわよ?」
「しょ、小竜姫さまって……」

 人工幽霊は、いつも通り事務所に戻り、いつも通りの住人達のやりとりを見つめている。
 そしてふと、彼は思い返す。

『あの体験は新しい閃きを与えてくれた。人の生を見つめる事しか出来ぬ私にとって、家族とは、そして子供とはなんであるかを……実に興味深いものだ』

 そして今日も、人工幽霊は静かに美神所霊事務所を見守っている。




 閉ざされた山奥に、今日も子供の声が響き渡る。
 深い森の中で、化け猫の少年は今日も走り出していた。

「じゃあ行ってくるよ母ちゃん! いっぱい魚取ってくるからね!」

 いつもと変わらぬ日常。
 だが、少年の顔はほんのちょっぴりたくましくなった。
 木々を抜けて駆ける少年の胸には、冒険の記憶が鮮やかに色づいていた。





 FIN
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