おたから!!

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「「「はあ……」」」

 クリスマスまで残り十日を迎えた日のこと。
 横島忠夫の通う高校の教室で、大きな溜息が三つ同時に吐き出されていた。あまりにも同時に行われたため、その溜息の主たちはそれぞれ互いに顔を見合わせる。
 横島忠夫、ピエトロ・ド・ブラドー、タイガー虎吉。
 その溜息トライアングルの真ん中で「どうしたんだ、雁首揃えて溜息なんか」と級友のメガネ君が笑いながら尋ねると、三人は寸分の狂いもなく、同時に口を開く。

「実はお金が――」

 一言一句違わぬ返答に何かあると感じたメガネ君は、三人を集めて事情を話させることにした。

「――で、まずは横島から。しかしお前の場合、金に困ってるのはいつものことだよな?」
「それが……いつものように美神さんにスキンシップ(セクハラ)しよーとしたんだが、その日は美神さんの機嫌がすこぶる悪くてな。事務所の出入りを一週間も禁止されちまったんだぁ。これじゃクリスマスを迎える前にあの世からお迎えが来てしまうっ」
「ま、自業自得だな。じゃあ次……って、お前誰だっけ?」
「タイガー虎吉ッッッッ!」
「ああ、そうね。で、どうしたんだ?」
「ワッシは……その――」
「次ッ!」
「せめて最後まで聞いてぇぇぇぇッ!?」
「ピートは? お前がお金で悩むなんて珍しいな」
「先日、唐巣先生と除霊に向かったんですが、そこで先生が大変なことに……」

 深刻な表情のピートを見て、横島が身を乗り出す。

「唐巣のおっさん怪我でもしたのか?」
「いえ、怪我というか毛がというか。実は先日の除霊中、先生は悪霊の攻撃を避け損ねて……その……頭皮をやられてしまったんです」
「うわあ……」
「先生は部屋に閉じこもってしまって、部屋の隅っこで壁に向かって話しかけたりしてるんです! 僕はもう見ていられなくて、こうなったらヅラかしょくも――!」
「それ以上言うんじゃねぇッッッ! 目から変な汁が溢れて止まんねーだろーが!」
「す、すいません。とにかく、そのためにお金が必要なんです。でも僕にはアテもないし、仕事も不況で入ってこなくて……このままじゃクリスマスに教会を閉めることになってしまうんです。その理由が『髪(神)が死んだ』だなんて、あんまりじゃないですか!」

 ピートを含め、その場の男衆は滝のように涙を流すばかり。
 結局三人は短期間の、それもクリスマス前までにまとまったお金を必要としているということだった。だが、この時期に高校生が大金を得られる仕事などあるはずがない。
 他人事だと笑うメガネ君をこっそり憎みつつ、三人は途方に暮れながら下校の時間を迎えた。




「あーあ、短時間でドカンと稼げる話が転がってねーもんかなー」
「まったくですノー」
「でも、そう都合良くは――」

 そんなことを呟きながら歩いていると、道の脇にある小さな児童公園に見覚えのある人物が立ち尽くしていた。
 革靴にスラックス。ぶら下げているだけのネクタイとくたびれたロングコート。よれた帽子を被り、その奥で好戦的な光を放つ眼と、弧を描く口元。伊達雪之丞その人である。

「ようお前ら、今帰りか?」
「お前こそこんな所で……って、何だその頬に貼り付いたもみじは」
「う、うるせえな。ちょっとケンカしただけだ」

 近付いているのにどうもそっぽを向いていると思ったら、雪之丞の左頬に真っ赤な『もみじ』がくっきりと貼り付いていた。
 横島はすかさず雪之丞の身体を犬のように嗅ぎ、覚えのある匂いを感じて雪之丞の胸ぐらを掴み上げる。

「貴様、今まで弓さんと会っていたな!? ソムリエ級の俺の嗅覚は誤魔化せんぞッ!」
「う、それはその」

 雪之丞は言葉に詰まり、目を逸らして横島の追求から逃れようとしている。

「よ、横島さんて、時々無駄にすごい能力がありますね」
「まったくジャのー」

 ピートとタイガーは横島の能力に感心し、横目で彼を見ながら頷く。

「ど、どうでもいいじゃねーかそんなことは。大体お前には――」
「こっちは生活苦でお金のために悩んでいるとゆーのに、てめーは甘酸っぱい青春の一ページ……チクショー! この桃色ボーイが!」
「あのな……」

 空に向かって吠えながらむせび泣く横島。こうなるとしばらくは何を言っても無駄な『卑屈モード』に突入してしまうため、雪之丞は横島を置いてピートとタイガーの方に目をやった。

「なあ、横島のヤツ金がどうとか言ってたが、何かあったのか?」
「実は――」

 ピートは自分達が短時間で多額のお金を稼がねばならない事情を説明した。その話を聞くと、なぜか雪之丞はうつむいて考え込む。しばらくして顔を上げると、彼は思ってもみない提案をするのだった。

「お前ら、ひとつ儲け話があるんだが……乗るか?」




 横島達は雪之丞と共に、人混みの大通りから一本入った細い路地の前までやってきた。
 眼前に広がるのは、ピンク色の看板といかがわしい飲食店の数々。しかも、それは疲れたサラリーマンが癒しを求めるのとはまた少し違う、特殊な趣味の方々が集まるものばかりだった。

「ってか二丁目じゃねーか。こんな所で何をしようってんだ雪之丞」
「いいから付いてこい」
「――はっ!? まさかお前、俺達を売る気か!? いやだッ! 俺は助かるためにはウンコは食えるかもしれんが、貞操を売ることだけは死んでも嫌じゃあああ!」
「そんなの俺だってお断りだ! 少なくとも『おさわり』は無しだから安心しろ」
「何をどう安心しろとゆーんだ、この場所で……」

 拭いきれない不安を抱える横島他二名をよそに、雪之丞は迷うことなく奥へと進んでいく。
 こんな所に置いて行かれたら、どんな恐怖体験が待っているかわかったものではない。まだ日は落ちていないのだけが幸いであると、覚悟を決めて三人は雪之丞の後に続くのだった。
 テレクラやヤミ金融のチラシで埋め尽くされた電柱。ピンクやグリーン、レッドにブルーで象られたどぎつい極彩のネオンはポツポツと明かりを灯し始め、本格的にこの通りが目覚めたことを告げている。
 そんな通りの一画に店舗を構えるショーパブの前で、雪之丞は立ち止まる。日本一の風俗街ともなれば、ショーパブのひとつやふたつ、さほど珍しくはない。
 ――もちろん、ここで踊るのは普通の女性ではないのだろうが。
 雪之丞は躊躇いもせずにその店の中に乗り込んでいく。横島達も、後に続いた。
 店の中にはいくつかのテーブルとカウンター、そして意外と大きなステージが四人を待ち構えていた。
 店内では大柄な女性――いや、女性のような格好をした男が鼻歌を歌いながら、テーブルを丁寧に拭いている。

「よお、ママ。久しぶりだな」
「あら、雪之丞じゃない。久しぶりねぇ」

 振り返って雪之丞の手を握り返す男(?)の顔を見て、雪之丞を除く三人は度肝を抜かれた。

「か、鎌田勘九郎!?」

 ハモる声に男の動きがぴたりと止まり、ゆっくりと振り返る。
 得も言われぬ迫力を持つ表情と、蛇のようにまとわりつく陰湿な視線が横島達の身をすくませた。が、それも束の間。勘九郎にそっくりな男は、好色な目で三人を値踏みするように眺め始めた。

「この子達がいつぞやに言ってたライバルね。私は鎌田勘一郎。勘九郎とは年が離れてるけど従兄弟にあたるのよ。よろしくね皆さん」

 勘一郎と名乗った男は、そういってウィンクしながら投げキッスをする。そう言われなければ、本人とまごうばかりにそっくりである。
 顔も、声も、仕草も全て。
 彼が勘九郎の血筋か何かであることは誰もが間違いないと確信していた。

「それじゃあ、勘九郎がどうなったかは――」

 ピートが複雑な表情で尋ねると、勘一郎は目を伏せ頷いた。

「勘九郎の選んだ道だもの。私が口を挟む事じゃないわ。だから私に気を遣う必要はないのよ」
「そう言ってもらえると助かります」
「まー、可愛い。そういう表情、私大好きなのよ。食べちゃいたいくらい。うふふふ」
「う……あ、いや」

 背筋に寒い物が走り抜けるのを感じながらピートは思わず後ずさる。

「それで、今日はお友達を連れて何の用かしら雪之丞?」
「実は頼みがあってな」
「頼み?」

 雪之丞は目を伏せ、深く深呼吸。それを数度繰り返した後、背景に炎を纏いながら『クワッ!』と目を見開いて叫ぶ。

「俺達は――脱ぐッ!」

 その発言に雪之丞除く三人はひっくり返った。

「ちょっと待てぇぇぇぇぇッ!」

 そしてすかさずトリプルツッコミ。

「聞いてないよ!?」
「ダ○ョウ倶楽部か。お前らも古いな」
「誰が熱湯コマーシャルの話をしとるかッ! なんで脱ぐ必要があるか説明しろ!」
「お前ら、金が欲しいんじゃないのか?」
「ぐっ……!」
「俺達はストリップショーをやる。上手く成功させれば、一晩で大金持ちだって夢じゃないぜ」
「し、しかしノー」
「他に何かアテがあるのかタイガー?」
「それは……無いけんども」
「ちょっと恥ずかしいのを我慢すりゃいいだけの話だ。それともお前、自信がないのか?」
「いや、それはその」
「この話は昔から持ちかけられててな。さすがに俺一人じゃやるつもりはなかったが、お前らが仲間になるなら話は別だ。俺はやるぜ」

 雪之丞の気合いは充分で、その声も表情も本気であるとうかがえる。いつもならこんなイベントに見向きもしないイメージのある雪之丞が、なぜか妙に乗り気であることが横島は気になった。

「おい雪之丞。お前も金がいるのか?」

「……まあな。そのためには何だってやるぜ」

 しばらく雪之丞と見つめ合う横島。
 そして『フッ』とニヒルに笑うと、男前な顔つきで雪之丞に右手を差し出した。

「俺も乗る。一度は学校で晒した身、二度目も三度目も変わらないぜ」
「やるか横島!」

 雪之丞はそれを握り返し、がっきーんと熱いシェイクハンドを交わす。

「さあピート、お前はどうする?」
「僕は――」
「裸を見られるのは怖いか?」

 その言葉にカチンと来たのか、ピートは薄笑いを浮かべて雪之丞を見つめ返す。

「僕は脱いでもすごいんだ。唐巣先生のために、僕は脱ぐッ!」

 雪之丞と横島のシェイクハンドに掌を重ねるピート。
 そして三人の視線は残るタイガーに向けられる。

「さあ、どうするんだタイガー。今ここで決めるんだ」
「わ、ワッシは――」




 タイガーはお金が必要だった。
 もちろん自分のためではない。
 彼も小笠原エミの元で働いてはいるが、その収入は学費と家賃を支払えばほとんど手元には残らない。ゆえに、彼は貧乏だった。それは昼食がパンの耳であることからも明白である。
 数日前、タイガーは一文字魔理とデートをしていた。
 特にどこかへ行くデートというのではなく、ただ街をぶらつきながら買い物をしたり食事を楽しむ気軽なものだった。そんな時、ふとアクセサリーショップのショーケースに入ったピアスが魔理の目に止まる。
 シルバーのシンプルだが丁寧な作りのピアス。
 魔理はそれがたいそう気に入ったらしくしげしげと見つめていたが、値段をみて思わず声を失ってしまった。

(マルがひとつ多い……あたしの小遣いじゃとてもじゃないけど手が出せないよ)

 残念そうに、名残惜しそうにピアスを見ていた魔理の姿に、タイガーは自分の不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
 自分の貯金全てをはたいてもあのピアスは買えそうもない。だが、どうにかして魔理にプレゼントしてあげたいと思った。
 クリスマスプレゼントとして、これほどふさわしい物が他にあるだろうか。
 そのためなら、恥のひとつやふたつでためらってなどいられない。

「――やる! ワッシも、やりますけん!」

 そしてタイガーもまた、男前な顔でシェイクハンドに大きな掌を重ねる。四人のファイターが集った瞬間だった。

「まー、美しい友情ねぇ。それじゃ早速ダンスのレッスンを始めましょ」
「よろしくお願いしまっす!」
「と、その前に」
「?」
「お前ら全員脱げ」
「……は?」
「は? じゃないわよ。互いの連携を高めるためにも、一度ハダカの付き合いをしておかなくちゃ。ぶっつけ本番で出来るほど甘い世界じゃなくてよ?」
「くっ……確かに一理ある。わかったよ、脱げばいいんだろ」

 心の奥に拒否したい気持ちを押さえ付け、横島は頷く。

「店のドアは鍵を掛けておいたから、安心して脱いで頂戴ね〜。じゅるり」
「おい……じゅるりとか言わなかったか今」
「いいから早く脱ぎなさいッ!」
「わ、わかったよ」

 四人は言われるまま、上着とシャツ、そしてズボンを脱ぎ捨てる。
 だが、まだパンツは履いたままである。
 さすがにいきなり全裸になる度胸の持ち主はこの中にはいなかった。

「仕方ないわねぇ。それじゃ私が指名したらそれぞれ脱いで頂戴。最初はバンダナの君!」

 トップバッターを命ぜられた横島であったが、その表情はどこか吹っ切れていた。それどころか『俺の生き様、見さらせや』といわんばかりの目をしている。
 そして一呼吸置いて、横島はパンツをはぎ取った。妙なポージング付きで。

「こ、この野郎……言うだけあって見事な業物(わざもの)備えてやがる。さすが俺のライバルだぜ――」
「行動原理が煩悩なだけはありますね。この反り具合、まさに日本刀!」
「しなやかにして剛ッ! さすが横島さんですノー」
「イイ! イイわよぉ! さあ、次行ってみましょうか。次は貴方、美形の坊やよ」

 続いてピートが指名され、全員がごくりと息を飲む。

「出たな洋モノ。みんな、覚悟を決めておけ」
「……おうっ」

 横島達が見守る中、ピートは背を向けてパンツを脱ぎ捨てた。
 腰に手を当てあくまで優雅に、そして堂々と金髪のバンパイアハーフは振り返る。その股間に視線が集中した後、わなわなと震えながら横島が叫んだ。

「てめぇ、股間だけバンパイアミストで隠すんじゃねぇッ!」
「モザイク付きかコノヤロー! 除去装置接続すっぞコラァ!?」
「男らしくないですジャー、ピートさん!」
「あああっ!? だってやっぱり恥ずかしいじゃないですかッ!」

 タイガーに羽交い締めにされ、ピートは全裸のままじたばたともがく。その拍子に集中力が途切れたのか、霧状になっていた股間が元の姿へと戻って行くではないか。
 そこに備わるブツを目の当たりにした時、場の空気が凍り付いた。

「こ、こいつ……虫も殺さねーような顔して、シャレになってねぇ」
「かつてローマ帝国は世界の半分以上を支配したというが……納得だぜ。恐るべし伊太利亜」
「圧倒的なスケールッ。ピサの斜塔、とでも呼べばいいんですかノー」

 ガラスの仮面ばりに白目になりながら、そびえ立つピートの建造ブツに戦慄する男達。
 そして勘一郎は息を荒げてその様子を目に焼き付けている。

「ハァハァ……た、たまらないわね……つ、次は雪之丞よ!」

 指名のかかった雪之丞はやはり背を向け、素早くパンツを脱ぎ捨てる。尻にキュッと力を入れてえくぼを作り、紳士的な振る舞いも忘れていない。

(野郎――できる!)

 それだけで力量を見抜いた横島はゴクリと息を飲む。
 やがて雪之丞が力強く振り返った瞬間――全員の脳裏にゲーム画面のカットインが出現した。




 だて ゆきのじょう が あらわれた!

 ゆきのじょう は しょうたいを あらわした!

 ゆきのじょう は 44マグナム を みにつけていた!




「何だそのブラックビッグなブツは!? ビッグ・マグナム黒岩先生もビックリだコノヤロー!」
「本当に文部省がこんなモノを認めたんですかッ!? むしろ子供達に悪い影響を与えますよ!?」
「こんな大口径でを教育しようっていうんジャー!」

 雪之丞の強気な性格はここから来ているのかと、横島や雪之丞、タイガーの三人は妙に納得してしまう。それぞれが落ち着きを取り戻すまで、数分の時間を要し、彼らの精神に与えられた被害は甚大であった。
 そしてとうとう、残すはタイガーのみ。

「ハァハァ、これで後十年は戦えそうよ、フフフ……さあ、そこのでっかい子でラストよ!」

 タイガーは渋々、恥ずかしそうにしながらもパンツを脱ぎ始める。
 普段のヘタレな部分ばかりを見て忘れがちであるが、タイガーは二メートル近い身長の大男なのである。そして、その事実を横島達は改めて思い知ることになるのだった。




「デ○ラー横島総統、敵は波動砲の発射体勢に入りました! 回避運動、間に合いません!」
「ええい、シールドを最大出力で展開しろ! 一撃くらい持ちこたえて――」
「この艦のシールドじゃあ防ぎきれねぇ! は、波動砲……発射してきやがった!」
「馬鹿な……それほどまでに火力の差があるというのか――」

 そして、デス○ー艦は宇宙の藻屑と消えていく。





「ふざけんなコラァァァァァ! 大艦巨砲主義など、すでに時代遅れだとなぜわからんのだぁぁぁぁッ!」
「誰か早く、ミノ○スキー粒子を散布してくれぇぇぇッ!」
「あんなモノは飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ!」

 あまりの格の違いを見せつけられ、ますます錯乱状態に陥る横島たち。そしてヨダレを拭いながら、この場に揃った傑物達を満足そうに眺める勘一郎。

「それぞれが見所のあるファイターだということはよ〜くわかったわ。ならば私も、全霊を込めてレッスンをしてあげるのが礼儀というものね」
「よろしく頼むぜ!」
「ゲイの道は厳しいわよ……ぐふふふ――」

 素っ裸で肩を組み合い、互いの友情を確かめ合うバカ四匹とオカマ。
 こうして、雪之丞の提案によるストリップショーのレッスンが幕を開けた。衣装は店にある物を貸してもらい、チケットの販売も勘一郎が手配してくれるという。
 それから数日間、臨時休業の張り紙の付いた店の奥で『キレが甘い! そんなんじゃ目の肥えた現代の客は満足できないわ!』『押忍!』などという叱咤と漢達の奇声が絶えず発せられていた。
 決行の日はクリスマスイブ。
 漢たちは決戦への準備は万全であった。




 おキヌは心配だった。
 横島が事務所に出入り禁止になってからもう何日も経っている。
 そろそろ令子の所に謝りに来るだろうと思っていたのに、姿を見せないし何の連絡もない。こっそりアパートに行ってみても、いつもどこかに出かけているのか留守である。
 もしやどこかでお腹をすかせて倒れているのではと、おキヌは深くため息をつく。

 弓かおりは不安だった。
 雪之丞と最後にデートをした日、彼のあまりに常人離れした金銭感覚とその態度にあきれ、口論になってしまった。
 彼は学校にも行っていないし、定職に就いているわけでもない。
 社会的立場から見れば雪之丞は『住所不定無職』ということになる。
 クリスマスは二人で過ごすにしろ、年を越える際には雪之丞を家に呼んで両親にボーイフレンドを紹介したかった。
 でも、そこで彼が『住所不定無職』の文無しですなどと言えるわけがない。
 せめて、ある程度の貯金をしていてくれればと。
 だから生活態度を改めなさいと注意したところ、他人が余計な口出しするなと一蹴され、後は売り言葉に買い言葉の激しい口論になってしまったわけである。
 締めくくりは涙とビンタ。
 互いに後味の悪い、最低なデートだった。
 言い過ぎたかな、とも思う。
 彼にだって事情はあるだろうし、一方的な意見の押しつけだったかもしれない。
 あれから連絡を取ろうとしても、電話に出てくれない。かおりは自室の机で頬杖を付いたまま、不安と寂しさの混じったため息をついていた。

 唐巣神父は光っていた。




 一文字魔理は腑に落ちなかった。
 前回のデートの後、なぜかタイガーが自分を避けているような気がする。思い浮かべてみても理由は見つからないし、話しかけても用事があるからと逃げられてしまう。
 どーもあやしいと睨んだ魔理はタイガーの後を付け、バッグを持って一人で歩いているところを捕まえてみた。

「――こないだからコソコソとなにしてんのさ?」
「わああっ!? ぐ、偶然ですノー」
「どこかに出かけるの? そんな荷物持って」
「これはその……あ、ワッシ急いでますけぇ、それじゃあ――」
「待ちな」

 そそくさと立ち去ろうとするタイガーの頭をがしっと掴み、魔理はギリギリと力を込める。

「最近そうやって避けてくれるけどさあ、一体何してるわけ? 私は隠し事されるのが世の中で三番目に嫌いなんだよ!」
「あああっ!?」

 氷点下の威圧感に押され、タイガーは思わずバッグを落としてしまう。わずかにファスナーの端からはみ出している黒光りする生地を目にした魔理は、それを掴んで引っ張り出す。

「――これって……え……え?」

 最近よそよそしい→黒レザーの衣装→ハードな○イ→しかも浮気。

「嫌あああ!? 二丁目でさぶで衆道でHGで、その上浮気だなんてあんまりだわ!」
「マリアナ海溝より深い誤解があるんですけど!? っていうか考えが飛躍しすぎてませんか魔理サーーーン!」
「もうダメなんだ。タイガーはきっと公衆トイレで『うほっ』とか『やらないか』とかそんな風で……ああっ、私の口からは言えないッ!」
「し、しっかりしてください一文字さん、なんか目が据わってるッ!?」
「いや違う……タイガーの体格なら田亀源五郎ッ!?」









 しばらくお待ちください。









「はぁはぁ……ごめん、あまりのショックに取り乱して――」
「一文字さんが妙にそっち方面の名称に詳しいのは置いといて。隠し事をしたのは申し訳ないと思っとります……」
「何があったのさ。怒らないから、話してごらんよ」

 タイガーは観念し、お金を稼ぐためにストリップをするという事情を説明した。
 お金の使い道がピアスを買うためだと言うことは黙っていたが。
 魔理は黙って聞いていたが、タイガーは申し訳なさそうにうつむいたままだった。

「――ワッシの裸なんて誰も見たがらんじゃろうけど」
「そんなこと……無い、と……思う」
「え?」
「私はその、見たい……かも」

 魔理は真っ赤な顔をして頷いていた。

「い、一文字さん……」
「タイガーの仲間連中のことはおキヌちゃんと弓も探してたし、一緒に見に行くよ。がんばって」
「う、うおおーーん!」
「ちょ、抱きつかないで――ッ!」




 こうしてストリップショーの噂は六道女学院にあっという間に広がり、チケットは完売。
 そしてクリスマスイヴ、ショーの当日。
 会場のショーパブは女子高生で埋め尽くされるという珍妙な事態が起こるほどであった。舞台の裾からその様子を覗いた横島は、あまりの盛況ぶりに一瞬身が縮こまる思いがした。しかもよく見れば一番前の席にはおキヌ、かおり、魔理、おまけになぜか愛子まで揃っているではないか。

(うおおーーい!? なんでおキヌちゃん達がいるんだぁぁぁ! っていうか知り合いばっかり!?)

 だが、もはや後には引けない。
 引く道など始めから無い。
 ならば男として、見事に決めるしかないではないか。

「くっ、こうなった以上、見事に咲き誇ってやるぜ……覚悟完了ッッ!」

 ピート、そしてタイガーに目配せすれば、いい顔をした漢たちが力強く頷く。ところが雪之丞は、部屋の隅っこで小さくうずくまっているではないか。

「どうした雪之丞。もうすぐ時間だぞ。気分でも悪いのか?」
「俺は」

 顔を上げる雪之丞。だが、その表情にはいつもの覇気が感じられず、あまりに弱々しい。

「やっぱりできねぇ。すまんお前ら……」
「おいおい冗談だろ? 言い出したのはお前なんだぞ。それがここに来てそんな――」

 雪之丞に掴みかかろうとした横島を、タイガーが無言で首を振りながら制する。無理強いしても仕方がないと、結局諦めざるを得なかった。そしてついに、開始のBGMが流れ始め、ナレーションの声が会場に響き渡る。

「お集まりの淑女の皆様。今宵、あなた方を魅せるは限界のもうひとつ向こうにあるモノ。いずれ劣らぬ益荒男、確かな満足をお約束いたしましょう。それではいよいよ『鋭恥示威』開幕です!!」

 おおーっ、という会場のどよめきの中で、おキヌがその言葉にわなわなと震えていた。
 その様子にかおりや魔理、愛子も心配そうにのぞき込む。

「どうしましたの氷室さん?」(かおり)
「え、鋭恥示威……そんな、でもまさか……!」(おキヌ)
「むう、知っているのかおキヌちゃん」(魔理)
「ええ。そのあまりに激しい動きに腰を破壊されてしまうため、誰も習得した者はいないと聞いていましたが……」(おキヌ)
「っていうか、何でそんなこと知ってるのおキヌちゃん」(愛子)




 〜鋭恥示威(えいちじい)〜

 かつて――黒光りする革の鎧を身にまとい、人々を熱狂させた男色の舞踏家がいたという。
 彼は求められるまま、己の腰が壊れてなお激しく踊り続け、その生き様はひときわマッシヴな兄貴たちの涙を誘った。人々は彼を覇亜怒外威(はあどげい)と呼び、その踊りは演目化され後世に伝えられた。しかしその個性的かつ超人的な動きを求められる難易度の高さゆえ、二丁目の紅○女と呼ばれていたとかなんとか。
 もう好きにしてください。

 ――民明書房刊『芸達者なゲイ人列伝』より抜粋――




「彼らはそんな危険な賭に挑もうとしているというのですか!?」(かおり)
「もしも失敗したら、一生使い物にならなくなるかも知れません」(おキヌ)
「今は、信じるしかないのね……これも青春だわ」(愛子)
「頑張ってタイガー」(魔理)

 ナレーションの叫び声と共にひろみGOの『ゴールドフィンガー99』が流れ、『フォー!』の叫びと共に横島、ピート、そしてタイガーが姿を現す。
 そしてマシンガンのように腰を振りまくり、会場は火がついたように騒然となる。興奮と歓喜のうねりが、会場を呑み込んでいた。
 しかし、その中に雪之丞の姿はない。
 かおり、魔理、そしておキヌは顔を見合わせるが、何度見ても雪之丞はいない。

「そぉい!」

 そうこうしているうちに気合い一閃、横島達は羽織っていただけの衣装を脱ぎ捨てる。
 彼らの姿に、会場は黄色い声でいっぱいになる。
 そこに立つのは、赤いレザーのTバックいっちょうで仁王立ちする三人の闘士。
 クルリと背を向け、キュッと尻に力を入れて肩越しにスマイル。
 いつでも紳士的な振る舞いは忘れない。

 そして切り替わるBGM――それはスローテンポの、官能的なメロディ。
 男たちの動きも、挑発するような艶めかしい物へと変わっていく。
 さらに彼らは後ろ向きのまま縦一列に並ぶと、相撲の四股を踏むように踏ん張り尻を時計回りに動かしていく。しかも一人ずつ絶妙にタイミングをずらすことで、それは滑らかに繋がり渦を巻いているのだ。
 みだれ咲きつつも紳士のたしなみを忘れない尻の乱舞。
 中には思わず垂れたヨダレを慌ててぬぐう人物まで出る始末。
 会場の興奮は、最高潮に達しようとしていた。




「くそ……俺は、俺は!」

 雪之丞は頭を抱えたまま、楽屋でうずくまったままだった。
 ここまで来て、身体が言うことを聞かない。足が震え、立つことすら出来ないのだ。そんな雪之丞の目の前に、いつの間にか誰かが立っていた。

「勘九郎!?」

 そんなバカな。勘九郎は確かに死んだはずだ。
 それも、止めを刺したのは他ならぬ自分なのだから。
 勘一郎かとも思ったが、ナレーションの彼がここにいるはずはないし、目の前に立つ人物には実体がなかった。

「情けないわね、雪之丞。あんたは自分の身体に自信があるんじゃなかったの?」
「あ、あたりまえだ! そこらの奴に負けるはずがねぇ!」
「だったら四の五の言ってないで飛び出しなさいよ。そのピンクの乳頭は何のために付いてるのよ」
「乳頭の色は関係ねーだろうが!」
「いつまでも自分を隠してないで、全部さらけ出しなさい。思ってくれる人がいるんでしょうが」
「勘九郎、お前は……」
「わかったら――さっさと行けッ!」

 ふと気付いた時には、楽屋には誰もいない。
 今のは何だったのか。幽霊、それとも幻か。
 だが、そんなことはもうどうでもよかった。
 雪之丞は全身に力と自信がみなぎるのを感じながらステージへと飛び出した。ステージは最高潮、すでに先にいた三人もノリに乗ってダンスを披露している。
 雪之丞も上着を脱ぎ捨て、赤いTバックいっちょうへ。
 残像が見えるほどの高速腰振りを披露しながら、ダンスの輪に加わる。
 瞳にはもう、迷いはない。

「待たせちまったな、みんな。さあ、最後の仕上げと行こうじゃないか!」
「おう!」

 腰をくねらせながら最後の砦を包む布の結び目に指が這う。
 そしてナレーションが最後の言葉を投げかけた。

「いずれも劣らぬ男の中の漢達……今こそッ! 飛びだせはみだせおたから達よ! さあお前ら――出てこいや!」




 それは苦もなく解かれ。
 四つの赤い布が宙を舞う。
 会場はいつまでも鳴りやまない女性の声に飲み込まれていく。
 こうして、聖なる夜。
 男達は自らのウェポンを頼りに、目的を見事に成し遂げた。
 己の全てを見られるという嬉し恥ずかしの行為を乗り越え、全てが終わった彼らは何かを制したような実に清々しい表情だったという。
 そして、おキヌを始めとする女性たちは、

「まるでシメサバ丸……いえ、それ以上の業物だなんて」(おキヌ)
「外国の妖怪って、スケールが違うのね」(愛子)
「ビ、ビッグマグナムが……黒岩先生、私はどうすればっ」(かおり)
「波動砲……そう、あれは波動砲……はは、ははは……」(魔理)

 と、熱に浮かされたように聖なる夜を過ごしたのだそうだ。






 劇終
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