かえりみち

 友達と帰ること。おいしいケーキ屋さんに寄り道すること。書店で文房具を買うこと。流行りの服や小物を買ってみること。
 大抵のことはもう試してみた。実はひとつだけやり残していることがあるけれど、それは少し難しいし、あれこれと想像するだけでも結構楽しめるから、まあ満足、かな。

「これも青春よねー」

 そう思いながら、愛子は机を背負って放課後の街を歩く。初めは戸惑ったり物珍しそうにしていた友達や町の人も、慣れてくれば意外に気にしなくなるものだ。そして、ゲームセンターの脇を通りかかったとき、目に飛び込んできた光景に愛子は絶句する。そこにいたのはどこか別の学校の制服を着た学生たち。ただ、彼らの手には火のついたタバコが握られていた。しかも、それをまったく悪びれる様子もなく話に花を咲かせて笑っているのだ。
 もちろん、愛子がこれを黙って見過ごせるはずもない。




「痛たた……」

 愛子は道路の端で座り込んでいた。
 例のタバコを注意したところ、愛子は彼らに取り囲まれてしまい、そのままだと何かいたずらをされそうだったので、正当防衛として二、三人を机でぶん殴って逃げてきたのだ。ところがぶつけた場所が悪かったのか、ここまで来た途端に足が痛みで動かなくなってしまった。
 学校から帰る生徒の姿もほとんど無く、空の色が朱に染まり始めている。妖怪だからもうしばらくすれば治るのだろうが、やはりひとりぼっちでいるのは心細かった。

「何やってるんだお前。新しい青春の追求か?」
「わっ!?」

 突然の声に驚いて顔を上げると、いつの間にか制服姿の横島がいた。

「横島くん、どうしてこんな時間に?」
「あー、補習。俺の場合ケタが違うからなー。こんな時間まで残されちまってさ……って、どうした。どこか具合でも悪いのか?」
「ほんと、いて欲しいときにいてくれるのよね……」
「?」
「あ、なんでもないの。ただ、ちょっと足をくじいちゃったみたいで」
「立てないのか」
「でなきゃこんな所で座り込んでないわよ」
「だよな」

 横島は少し困ったような表情の愛子を見下ろしながら考えた後、背を向けてしゃがむ。

「仕方ない。送ってやるからおぶされ」
「え?」
「なんだ、帰ってもいいのか?」
「あ、やだやだ。置いていかないで」
「じゃあ早く乗れ。滅多にないサービスだぞ」
「……うん」

 その時愛子がどんな表情だったのか、横島は知らない。その背中に愛子の――つまりは机の――重みを感じると、横島は学校へ向けて歩き出した。

「なあ愛子」
「なに?」
「何で足くじいたんだ。どこかで転んだか?」
「ううん、本当に大したこと無いから。心配してくれてるの?」
「そりゃ……まあ、な」

 それからしばらくの間、会話は無かった。朱に染まる道路に、二人の影が真っ直ぐに伸び、同じ間隔を刻む足音と鼓動だけが。

「ねえ、横島くん」
「なんだ?」
「横島くん」
「ん」
「ありがと、ね」
「いつか返してもらうから、忘れんなよ」
「うん。忘れない」


 ぎゅっ、と横島を抱きしめて愛子は頷く。思ったより大きくて広い背中に頬をうずめ、そのぬくもりを感じていた。きっと横島は知らないだろう。
 愛子の『やり残したこと』が今、無くなったことを。
 そして新しくやりたいことが出来たことを。

『好きな人と一緒に、帰り道を歩く』

 できれば手をつないで歩きたいな――