補習授業

「ふー、すっかり夏ねぇ〜〜〜。幽霊の活動も活発になる時期だし、今のうちにもう一度基礎を仕込んでおくべきかしら〜〜〜」

 一学期末日。クーラーの効いた理事長室で、六道冥子の母は誰に聞かせるでもなく間延びした口調で呟いた。冷えた麦茶を優雅な仕草で口に運ぶと、またポツリと呟く。

「やっぱり、任せられるのは彼しかいないわね〜〜〜。どうやって都合付けようかしら〜〜〜」

 気を遣うような言葉を口にしながらも、彼女はいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべていた。そして、夏休みが始まり――





 世間が夏休みに突入しようと、教師には遊んでいる暇など無いのが現実である。そしてここ、六道女学院もまた然り。
 霊能科という特殊な科目が存在するこの学校では、実技を含む補習授業を行うこともあり、その負担は決して軽くない。

「ほら、氷室。もっと心を落ち着けて、精神を糸のようにするんや――」

 熱気が籠もった体育館の中で、鬼道政樹は補習授業に参加している氷室キヌに指示を出していた。おキヌは流れ落ちる汗をタオルで拭き、もう一言われた通りに神経を集中する。彼らは今、補習授業の真っ最中なのだ。
 体操着で魔法陣の中心に立つおキヌは、唇をへの字に曲げて(本人は真剣な表情のつもりだろうが)必死に霊力の出力を高めようと唸っている。彼女の隣では、クラスメイトの一文字魔理も額に珠のような汗を浮かべながら精神統一に励んでいたが、一向に成果は上がらない様子であった。

「うーん、うーん……先生、全然落ち着けません〜」
「このクソ暑いのに、精神集中なんてしてらんないよ」

 暑さに参って目を回す女生徒二人とは対照的に、ジャージ姿の政樹は型で鋳たように顔色を変えない。汗こそかいているものの、暑さを苦痛と感じてはいないようである。そして、眼だけ動かして二人を交互に見ると、腕を組んだまま口を開いた。

「いいか二人とも。心頭滅却すれば火もまた涼し、や。全身の感覚を一点に集中させ、その他の感覚を切り離す。それが霊力を引き出す第一歩なんや」
「ちぇっ、わかっちゃいるんだけどさ……」
「うう、笛を吹く時はすぐ出来るのにぃ〜〜」
「ほらほら、そんな事じゃいつまで経っても補習は終わらへんで」

 おキヌも魔理も、特別成績が悪いというわけではない。おキヌはむしろ普通の勉強での成績は優秀で、魔理もおキヌや弓かおりらと勉強をしていたので、赤点を免れる程度の学力は身に付いている。しかし霊能科目については、また別の話なのである。
 二人とも霊力自体は優秀であるものの、それを扱う基礎的な技術に未熟な点が残っていた。その訓練を積むために、夏休みの補習を受ける事となったわけだ。

「まだまだ霊力が乱れとるぞ。さあ、もう一度」

 真夏の体育館で、部活動に汗を流す生徒達に混じって補習授業は続く。おキヌと魔理の精神統一がしばらく続いた後、校内放送が響き渡った。

『鬼道先生、鬼道先生。六道理事長がお呼びです。至急、理事長室まで来てください』
「ん、なんや?」

 政樹の顔からふっと力が抜け、顔を上げる。腕時計を見て時間を確かめると、政樹は二人に精神統一を続けるように言って理事長室へ向かった。体育館と校舎を繋ぐスロープの脇にある水道では、屋外の部活動で日に焼けた少女達が顔を洗っている。「生水をがぶがぶ飲んだりするなよ」と一言だけ注意すると、理事長室へと急いだ。

「失礼します」

 礼儀正しい口調でそう言うと、政樹は理事長室の扉を開けた。空調が効いた部屋では、冥子の母である理事長が汗ひとつかくことなく、デスクの椅子に腰掛けていた。その表情は明るく、機嫌良さそうにニコニコと微笑んでいる。それを見た瞬間、政樹の目元がピクリと引きつった。

「忙しいところごめんなさいね〜〜〜。実は」
「……頼み事があるんですね?」
「あら〜〜〜よくわかったわね〜〜〜」
「いつもの事やないですか。いい加減わかりますよ」
「なんだか失礼な事言われてる気もするけど、まあいいわ〜〜〜。急で悪いんだけど、鬼道君が受け持ってる補習授業に参加させたい子がいるのよ〜〜〜」
「ええ、それは別に構いませんが。で、その生徒はどこにおるんでしょうか?」
「もう呼んであるわよ〜〜〜入ってらっしゃい〜〜〜」
「は〜〜〜〜い」
「なっ――!?」

 理事長室と隣り合う応接室の扉からその『生徒』が姿を見せた時、政樹は裏返った声を出して仰天した。




 しばらくして、体育館の蒸し暑さに悩まされつつ精神統一の練習を続けるおキヌと魔理の元に、政樹が戻ってきた。どことなく政樹の顔は赤く、挙動が落ち着かない。おキヌと魔理が顔を見合わせていると、政樹の後ろに六女の制服を着た、見慣れない生徒が立っていた。

「あー、二人とも……申し訳ないが、彼女もこの補習授業に参加することになった。仲良うしてやってくれ」
「よろしくね〜〜〜おキヌちゃんと、えっと、一文字さん〜〜〜」
「ええええーーーっ!?」
「あれ? 確か、この人理事長の娘さんじゃあ」

 一度聞いたら忘れられない間延びした口調と、どこか幼さを感じさせるその娘は、おキヌもよく知っている六道冥子その人だった。ペコリとお辞儀をすると、冥子はニコニコと二人の方を見て笑う。
 だがしかし。
 おキヌにとってはもはや笑っている場合ではない。

「あ、あの……どうして冥子さんが私達と同じ制服を着てここにいるんですか?」
「そ、それはやな」

 魔理の質問に政樹は思わず目を逸らす。頭の中で冥子を刺激しないような言葉を選んでいると、冥子本人が先に答えた。

「夏になると〜〜〜除霊の仕事が増えるでしょ〜〜〜? それに備えて、もう一度基本を勉強し直しておきなさいって〜〜〜お母様に言われたの〜〜〜」
「それがどうして、こんな所で私達と一緒なわけ? プロなんでしょ、あんた」

 冥子と直接対面するのが初めての魔理は、歯に衣着せぬ物言いで尋ねる。政樹とおキヌは一瞬肝を冷やしたが、冥子は意外にけろりとしていた。

「マーくんお仕事で忙しいから〜〜〜みんなで一緒にやれば手間もかからないし〜〜〜楽しいじゃない〜〜〜」
「ま、まあ、そういうわけや。で、私服で補習に参加してるのもまずいから、学校の制服を着てもろてるんや」
「久しぶりに着てみたんだけど〜〜〜変じゃないかしら〜〜〜?」

 自分の制服姿を見せながら、冥子は少し照れたように尋ねる。

「とっても可愛いし、似合ってますよ冥子さん。ね、先生」
「えっ!? あ、うん、そやな。に、似合ってるで」
「わーい、よかったぁ〜〜〜」

 悪戯っぽく笑うおキヌに答えを振られて、政樹はかあっと頬を赤くして答えた。クスクスと笑うおキヌと魔理に向かって咳払いをすると、冥子の方に振り返って、政樹は言う。

「ほな、さっそく訓練の続きや。冥子はんも体操着に着替えてくれ」
「は〜い」
「――って、ちょっ、冥子はん!?」

 例の間延びした口調でそう返事をした冥子は、いきなりその場で制服を脱ぎ始める。政樹は鼻を抑えつつ冥子を止めようとしたが、制服の下にはすでに体操着が着込んであった。

「ビ、ビックリした……」
「先生、なんだか残念そうな顔してません?」
「そうそう、鼻の下伸びてるよ」
「うっ、うるさいっ! さっさと始めるぞ!」

 珍妙な客を加え、真夏の補習授業は続く。
 おキヌと魔理は先程までと同じようにそれぞれ精神統一を続け、少し離れた場所で鬼道は冥子に付いてあれこれと指導をしていた。それだけ見れば、人数が増えただけで変わりない風景だ。ところが政樹の表情はさっきまでと明らかに違っている。
 顔は赤く、視線は定まらず、いささか落ち着きがない。それも目の前に体操着姿の冥子がいるせいであろう。同じ体操着のおキヌや魔理、その他の女子生徒を見ても眉ひとつ動かさない鉄面皮の男が、冥子を前にしてあからさまに戸惑っている。精神統一をするフリをしてそれを見ていたおキヌと魔理は、政樹の意外な一面にクスクスと笑い合うのだった。

「う〜〜〜ん、う〜〜〜〜〜〜ん」
「ほら、冥子はん。心を落ち着けて糸のように――」

 言いかけて、糸のようにプッツンされては困ると鬼道は言葉を改める。

「ひとつの事だけに心を集めるんや。そうそう……これは上手く出来てるみたいやな」

 冥子とて、GS試験を二位でクリアした実力の持ち主である。霊能者としての土台は、それなりにちゃんと作られているようだ。おキヌや魔理に目をやれば、二人とも霊力を集中することに成功した様子である。

「よし、みんなコツは掴めたみたいやな。それじゃあ、次は模擬格闘で効果を確かめてみよか」

 鬼道が模擬霊的格闘用の魔法陣に切り抜いた式神ケント紙を放り込むと、特撮の戦闘員に似た外見の式神が出現し、表情のない眼でじっとしている。鬼道は破魔札を三枚出すと、それぞれに一枚ずつ手渡した。

「今からこれを使うて、式神を倒してもらうで。レベルは少し高めに設定してあるから、気をつけるように」
「破魔札使えるなら楽勝じゃん。おキヌちゃんだって上手く――」
「話は最後まで聞け一文字。この破魔札は特別製で、一定値以上の霊力を流し込まんと起爆せえへんようになっとる。そして、これ以外の攻撃は禁止や。つまり、戦いながら霊波の出力を上げるための訓練というわけやな」
「えええっ、そんな、走り回りながらじゃ無理ですよ先生〜」
「実戦でそんな言い訳は通用せえへんぞ、氷室。まずはお前からやってみよか」

 あたふたするおキヌを魔法陣に押し込むと、鬼道は開始の合図を出す。式神はスイッチが入ったように動き始め、おキヌに襲いかかった。
 最初のうちは逃げ回ってばかりのおキヌだったが、やがて少しずつ冷静さを取り戻し、式神の動きを正確に読み、攻撃を上手に避けていく。もはや表情に恐れはなく、意識は一点に集中。彼女が秘めるここ一番の集中力と度胸は、見守っている他の三人が舌を巻くほどであった。
 式神が大きな動作で体当たりを仕掛けてきたとき、おキヌは呼吸を整えて霊波の出力を高め、霊力を目一杯込めた破魔札を、すれ違いざま背中に張り付けた。直後、破魔札のエネルギーが解放され、オーラの閃光に包まれた式神は元の紙切れになって消滅した。

「よし、それまで! よくやったで氷室。美神除霊事務所で鍛えられとるだけはあるな」
「ふー、怖かったぁ……」
「次は一文字や。準備はいいな」
「はい!」
「力や勢いだけで戦うなよ。前にも言うたが、霊力の流れを読むこと。ええな」

 コクリと頷くと、魔理は魔法陣の中へ足を踏み入れる。鬼道が新たな式神を用意すると、即座に訓練が開始された。
 本来ガンガン押していくスタイルの魔理が受けに回ることは、戦いのリズムを掴みにくく大変なことだった。式神の攻撃は避けられるものの、攻めの高揚感がないと集中力が持続しない。そうしているうちに、次第に魔理は追いつめられていく。式神が振り回す腕を避けきれず、思わずガードした魔理はその打撃の重さによろめいた。

「うっ……」
「正面から攻撃を受けるな一文字。霊力の流れを読んでいなすんや」

 政樹のアドバイスを聞きながら、魔理は突進してきた式神の腕を掴み、腹に蹴りを入れると同時に巴投げで後ろに投げ飛ばす。霊力の流れを利用した技は式神に大きなダメージを与え、魔法陣の端に飛ばされた式神は弱り始めていた。魔理は素早く立ち上がり、呼吸を整えて精神を集中すると、高めた霊波を破魔札に流し込んで必殺のチャンスを待つ。

「ギギギッ!」
「今だ――くらえッ!」

 起きあがり、直線的な動きで殴りかかってきた式神に対し、クロスカウンターの形で破魔札が叩きつけられた。魔理の頬にも拳が掠めたが、式神はグラリと力なく倒れ込み、そのまま消滅してしまった。

「よし、それまで。少々危うかったが、その感覚を忘れるなよ」
「おっす」

 魔理が魔法陣の外に出てくると、おキヌが彼女の頬に触れる。すると、ヒーリング能力のおかげですっかり綺麗な肌に戻っていた。

「さて、次は――」

 そう言いかけて、政樹は言葉を詰まらせた。残っているのは、のほほんとした表情の冥子である。
 ――はたして、この気弱で泣き虫のお嬢様にこの課題が務まるのか?
 政樹とおキヌ、そして魔理の三人は、心の中で力なく

(無理だろうな……)

 と呟いたが、かといって冥子を特別扱いする訳にもいかない。
 甘やかすことは冥子のためにはならないし、成果を誤魔化しても、勘の鋭い理事長にはすぐ露見してしまうだろう。政樹は覚悟を決めると、冥子の前に立ってその眼をしっかりと見据えた。

「見てた通り、君にもこれをやってもらうで」
「え、えっと、いきなり始めると足がつったり〜〜〜心臓に悪いと思うの〜〜〜」
「プールじゃないんだから……」

 冥子のボケに、魔理があきれたように突っ込みを入れる。あうあうっ、と後ずさる冥子の肩を両手でグッと掴み、政樹は真剣な表情で彼女の名を呼んだ。

「冥子はんっ!」
「はっ、はいっ!?」
「ボクは理事長に君のことを頼まれてるし、教師として最後まで面倒は見るつもりや。けどな――」
「まーくん〜〜〜?」
「これは君が自尊心を取り戻すためのチャンスでもあるんやで。荒事を好まない事は知ってるが……式神使いとして、GSとして乗り越えなあかん試練なんや」
「でも〜〜〜自信ないわ〜〜〜」
「大丈夫、できるようになるまでとことん付き合うたるから」
「あたしらも応援するから頑張りなよ、先輩」
「冥子さんならきっと出来ますよ」

 三人の説得と励ましに後押しされ、ようやく冥子は首を縦に振った。そして、緊張した面持ちで魔法陣に足を踏み入れる。

「霊力を集中し、破魔札に込めて式神を倒す。難しいことやあらへんで冥子はん。準備はええな」
「う、うん、私頑張るわ〜〜〜」
「それでは……始めッ!」

 鬼道の作り出した式神が、合図と共に冥子に飛びかかる。
 そして――

「きゃ〜〜〜〜〜〜ッ!」

 乙女の絶叫と共に、結界の中で大爆発が起こった。同時に、見守る三人もずっこけていた。

「ストップ、ストップ、ストーーーーーーップ!」
「ふえ……?」

 政樹が暴走する式神を取り押さえながら必死に呼びかけると、冥子は我に返って首を傾げた。

「あ、あのな……いきなりプッツンしてどないすんねん」
「だって〜〜〜怖いんですもの〜〜〜」
「それを克服するための特訓やないか。死んだりするわけやないし、もう一度」

 さっきの式神は跡形もなくボロボロになってしまったので、もう一度式神を作って訓練を再開した。が、式神に飛びかかられる度に冥子はプッツンを繰り返してしまい、訓練は一向に進まなかった。長引くに連れて政樹一人では式神を抑えるのも厳しくなり、おキヌや魔理までその手伝いをするハメになってしまった。

「ぜえ、ぜえ……」
「はあ、はあ……」
「い、いい加減にしろっての……」
「ご、ごめんなさい〜〜〜」

 しばらく時間が経った後、三人はすっかりエネルギーを使い果たして床にノビていた。冥子は申し訳なさそうに魔法陣の中で立ち尽くし、肩を落としてしょんぼりしている。

「やっぱり無理だったのよ〜〜〜私トロいし〜〜〜みんなに迷惑かけるだけなんだわ〜〜〜」

 自分の不甲斐なさに冥子の瞳は潤み、肩も小刻みに震え始めている。霊力も今までないほど荒れて乱れ、それはまさに最大級のプッツンが訪れる前兆であった。

「あああっ、ま、待て、待ってくれッ!」
「お、落ち着いてください冥子さんっ」
「ふ、ふえ――」
「だーッ、泣いてる場合かっ!」
「!?」

 もうダメかと思われたその場を沈めたのは、魔理の一喝だった。不良時代の鋭い目つきをして冥子を睨みながら立ち上がると、さらに激しい口調で彼女は言う。

「いくらわめいたって、それじゃ何も解決しないんだよ。出来ることを目一杯やって、全部終わってから泣くなり何なり好きにすればいいだろ。プロとして、先輩としてあたしらに意地ってものを見せてみなよ!」

 政樹もおキヌも、すっかり表情が凍りついて固まってしまった。何日有休を使うことになるのか、単位は大丈夫だろうか。二人は瞬時にそんなことを想像したが、周囲は静まりかえったままである。恐る恐る視線を冥子の方に向けると、彼女もまた目をぱちくりさせて魔理を見つめているのだった。

「さあ、どうすんのさ」

 本当なら魔理の怖い表情に怖じ気づいてしまうはずなのに、なぜか心の奥では親しみを感じてしまう自分がいる。初めて言葉を交わしたときもそうだった。冥子は無言のままその答えを探していたが、すぐにそれに思い当たった。
 ――ああ、彼女は令子ちゃんやエミちゃんに似ているんだ。
 しっかりと自分を持ち、相手が誰だろうと果敢に立ち向かうその強さ。過保護に育てられ、臆病だった冥子はそれに憧れた。彼女らと一緒に過ごし、いつかはその強さのひとかけらでも自分が持てればと。しかし、平穏に暮らしているうちにその気持ちを忘れてしまったのだろう。それを呼び起こしてくれたのは、友達によく似た雰囲気を持つ、後輩の女の子であった。

「わかったわ〜〜〜。今度こそ、私やるわ〜〜〜!」

 ぐっ、と拳を握り冥子は言った。その瞳には確かな光があり、顔つきも真剣になった。

「よ、よし。それなら冥子はん、これでケント紙もラストや。気張っていくで」
「頑張ってください、きっと出来ますよ冥子さん」

 魔法陣に放り込まれた最後の式神と冥子の姿を、政樹達は固唾を呑んで見守っていた。

「始めッ!」

 合図と共に、式神が冥子におどりかかる。事前に印を結んで精神統一に入っていた冥子の霊力はすでに最大値まで高まっており、目をつむったまま突き出された破魔札は式神の額にしっかと張り付けられ、式神は解放された霊波によって消し飛んだ。そのオーラの輝きはおキヌや魔理のそれをはるかに上回る、プロを名乗るにふさわしいものだった。




 日はすっかり西に傾き、全ての景色がオレンジに滲んでいる。長く伸びた影を並べて、誰もいない運動場をおキヌと魔理は歩いていた。
 校庭の隅に植えられた桜の木に、ヒグラシが留まって鳴き続けている。夏の夕べにふさわしいその音を聞きながら、夏服のブレザー姿の二人は笑い合っていた。

「一時はどうなることかと思ったけど、上手く行って良かったよね」
「一文字さん、かっこ良かったですよ。冥子さんもあの言葉で持ち直したし」
「なんだかじれったくてさ。でも、あの人の暴走はハンパじゃないね。結界と鬼道先生がいなかったら、どうなってたんだろ」
「んーと、昔の除霊で……マンションひとつ無くなっちゃったこともあったかなあ」
「げっ……」
「でも、危ないときは頼りになるんですよ?」
「は、ははは……だろうね」

 自分の行為に今更冷たいものを感じつつ、魔理は引きつった笑いを浮かべるのだった。
 ちょっとしたアクシデントに見舞われながらも、夏休みの補習授業は無事に終わった。
 これもまた、真夏の思い出に残る一ページとなるであろう。




「ねえねえ鬼道君、冥子の制服姿かわいかったでしょぉ〜〜〜」
「それを聞いてどないするんですか理事長」
「あら、娘の格好を気にするのは親として当然よ〜〜〜」
「いや、だから……」
「結構むらむらっとしちゃったんじゃない〜〜〜?」
「ぶっ!?」
「あら、図星なのね〜〜〜それじゃ、これから鬼道君に迫らせるときは制服を着せようかしら〜〜〜うふふふ〜〜〜」
「ちょっ、どうしてそう言う結論に……っていうか、迫らせるって何ですか!?」
「お母様もマーくんも楽しそう〜〜〜冥子もまぜて〜〜〜」
「あら、いいところに来たわね冥子〜〜〜鬼道君がね、あなたの制服姿にドキドキするそうよ〜〜〜」
「えっ、えっ? 何の事〜〜〜?」

 六道親子に挟まれて、政樹は頭を抱えて屈み込んでしまう。

(なんや……この外堀を順調に埋められているような気分はっ)
「ねえねえマーくん、ドキドキするってな〜〜に〜〜?」
「そっ、それはやなっ……あうあうっ」
「おほほほ〜〜〜若いっていいわね〜〜〜」

 手のひらの上で遊ばれているような気分を味わいながら、どこか微妙に楽しいと思ってしまう自分に政樹は戸惑っていた。
 それが幸せなのかどうかは、また別の話であるが。