メタルマックス2

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  炎の記憶(OPシーンより)  

 肉が焼ける嫌な匂いと、燃えさかる炎の音。
 薄れていく意識の向こうに浮かぶ、四つの黒い塊。
 これは――人が燃えているんだ。
 アパッチが、フェイが、ガルシアが。
 そして、目の前でマリアが炎に包まれていく。
 人がゴミ屑のように死んでいく。
 暴力と無秩序が地平線の果てまで広がるこの時代に、それを目の当たりにするのはありふれた日常だった――




 環境破壊を食い止めるために作られたコンピューターが導き出した結論は、人類の抹殺と文明社会の破壊であった。
 その時何が起こったのか。
 誰も発射した覚えのないミサイルが飛び交い、あらゆるネットワークは麻痺した。人々は訳もわからぬまま戦争を始め、各地で殺戮と、暴動が起こった。さらに、コンピューターが生み出した無人兵器やバイオモンスターによって、文明は完全に破壊し尽くされた。


 大地が裂け、海が煮立ち、空が悲鳴を上げて朱に染まる。
 数え切れない多くの人間が、炎と瓦礫の中に消えていった。

 この出来事は後に『大破壊』と呼ばれた――

 砕けたコンクリート。高熱でひしゃげ、折れ曲がった鉄塔。ひび割れ、溶けて流れたアスファルト。砂に埋もれた建物の残骸。降り注ぐ酸の雨。汚染された水が注ぎ込む海。焦土と化し、生命の営みを失ってしまった土壌。
 大破壊後の世界は、もはや神の寵愛を望める環境では無くなっていた。
 人類は文明の遺産を食いつぶしながら、黄昏の時代を迎える。
 だが、全ての人類が生きる力を失ったわけではなかった。
 残された人々は身を寄せ合い、必死に生き延びる道を探し始める。ところが、どこからか次々と現れるバイオモンスターと殺人兵器の前に、未来は風前の灯火かと思われた。
 そんな時、武器を手に、敢然とモンスターに立ち向かう命知らずが現れた。彼らは旧文明の兵器『戦車』を駆って、モンスターどもをなぎ倒す。人々は尊敬と畏怖の念を込め、その命知らず達を『モンスターハンター』と呼んだ。
 暮らしを脅かすモンスターや悪党の中でも、特に凶悪な者には多額の賞金が掛けられ、それを退治した者には、莫大な富と栄光が約束される。
 自らの腕と経験を頼りに、賞金首を求めてモンスターハンターは荒野を行く。




 僕は孤児だった。
 両親は幼い頃、グラップラーの人間狩りによって目の前で死んでしまった。ひとり生き残った僕を拾って育ててくれたのが、不死身の女ソルジャーと呼ばれたマリアだった。
 ソルジャーというのは、モンスターハンターの中でも戦車に乗らず、生身で戦う者を指す。
 マリアはまだ若く、美しい金髪が自慢の女性であったが、その烈火のような戦いぶりは広く知れ渡っていた。

 ――人間狩り。

 この地方ではバイアス・グラップラーと名乗る悪魔の如き集団が、強力な兵器や戦車で村を襲い、人々を連れ去っていく。
 連中がどうして人間狩りなどという行為をするのか、詳しく知るものはほとんどいない。なぜならば、連れ去られて無事に帰ってきた者は一人としていないからだ。
 ただ、若い人間を人体実験の材料にしているという噂だけが、グラップラーの正体を知る唯一の手がかりだった。
 グラップラーは野に散らばるならず者を集め、勢力を広げている。ならず者達はグラップラーに荷担することでその威光を振りかざし、さらに悪辣な行いを繰り返す。
 弱い人々は非道な仕打ちを受けながらも、報復を恐れて誰も逆らうことが出来ない。
 そのため、強い者が全てを支配するこの時代といえど、グラップラーは蛇蝎の如く嫌われていた。
 無慈悲な人間狩りに抵抗するため、それぞれの町でも賞金を掛け、名うてのモンスターハンターやソルジャーを雇って守りを固めている。砂漠の果てにあるマドの町では、グラップラーが襲撃を予定しているとの報が飛び込み、急ぎ用心棒が集められていた。
 長い道のりを経て、僕とマリアはこの町に辿り着いた。
 集合場所のひなびたバーに顔を出すと、他にも用心棒の姿があった。
 落ち着いた雰囲気のある、鉄の男アパッチ。
 マリアの昔馴染みらしい、ハヤブサのフェイ。
 口とガラの悪い、暴走バギーのガルシア。
 いずれも劣らぬ、名の知られた戦士達だった。
 これだけのメンバーがいれば、グラップラーもきっと逃げ出すに違いない。アルコールとタバコの匂いが充満する粗末なバーで、村の長老がそう言って安酒をあおる。
 マリアに言われてフェイに挨拶をすると、彼は僕をじっと見て、そして静かに尋ねた。

「グラップラーが憎いか?」

 僕は静かに首を振った。
 憎くないわけじゃない。
 だけど、両親の仇と言ってもグラップラーの誰を憎めばいいのか。
 それに、マリアと一緒に過ごしてきて、寂しいと感じたことはない。いや、正確には感じる暇がなかったと言えばいいのだろうか。
 この荒れ果てた世界で生きるための知恵と技術を、マリアは全て僕に叩き込んだ。銃器の扱い方、クルマの操縦の仕方、危険なモンスターの見分け方、食料になる細胞の見分け方――その期待に答えようと必死になっていた僕に、他のことを考えている余裕は無かった。
 フェイは静かに「強い子だ……」と僕の肩に手を置く。

「マリアは強い女だ。マリアのように強くなれ!」

 そう言ってくれたフェイの手のひらは分厚く、大きい。
 厳つい顔をした人だったが、その目には深い優しさを感じる。
 この荒れ果てた時代、滅多に見られなくなった『人間』の眼差しだった。

「来た! 来たぞ、グラップラーが来たぞーーーッ!」

 そしてついに――蜃気楼の向こうから悪魔の軍団はやってきた。
 マドの町を蹂躙し、刃向かう物を殺し、若い人間を連れ去るために。
 町の人々は家に立てこもり、老人や女子供は地下のシェルターに避難する。戦える者は、銃を手にその時を待つ。
 空気が、目に見えて緊張していく。
 じっとりと、手に汗が浮かぶ。
 戦いの直前「マリア! 賞金が手に入ったら、坊やとオレと三人で一緒に暮らさないか!」とフェイは言った。
 マリアはデザートイーグルを手に「ああ、生きてたらね」と口元に笑みを浮かべる。

「やばくなったらひとりでも逃げるんだよ。それが生き残るコツだ。わかったね」

 物陰に潜みながら、僕はマリアの言葉に頷いた。
 空気を振るわせる爆裂音が数回鳴り響いた後、キャタピラのキュルキュルという音が近づいてくる。
 バリケードを戦車の主砲で破壊し、瓦礫を踏み潰して街に侵入するグラップラータンク。その後ろから、全身をプロテクターに身を包んだ兵士達が姿を現す。
 機関銃を手に、周囲を警戒しつつ陣形を作りながら行進し、一人が指先で合図すると、その後ろにいた五人が散開して建物の周りを調べ始めた。統率の取れた動きと、どこで手に入れているのか分からない高精度な武器。奴らは数を頼りに、ただ押し寄せて暴れるならず者とはわけが違う。高度に組織化され、訓練されている。戦い方を知っているかどうかは勝敗を大きく左右し、グラップラーに壊滅させられた町の噂を出したらキリがないのは、これが理由なのだ。
 そのためグラップラーに掛けられる賞金は、自然と高額となる。
 再び指先でサインを出し、仲間に合図を送るグラップラー達。
 素早く侵入した突入隊の後に続いて、四台の戦車が瓦礫を乗り越えて侵入し、静まりかえったマドの町に、侵略者の足音とキャタピラの音だけが響き渡る。
 住民の抵抗はなく、人影もない。
 グラップラーが一ヶ所に集まり、周囲を見渡していたその時。
 戦いの始まりを告げる銃弾が、グラップラーの一人を背後から撃ち抜いた。物陰に隠れていたソルジャー達が一斉に飛び出し、集中砲火を浴びせる。マリアのデザートイーグルが、グラップラーの頭をヘルメットごと飛散させる。フェイのアサルトライフルが銃弾の雨を降らせ、死体を積み上げていく。アパッチの対戦車バズーカが、グラップラータンクの装甲を粉砕する。

「ギャハハハ、くたばれ雑魚ども!」

 ガルシアはステレオのスイッチを入れてボリュームを目一杯上ると、激しいリズムの音楽を大音量で鳴らして暴走する。バギーに積まれた大砲が猛然と火を噴き、立ち塞がる者は容赦なく轢き殺した。

「ふん、てんで大したこと無い奴らだね」
「油断するな。次が来るぞ」
「けっ、何が出てこよーがすり潰してスナザメのエサにしてやるぜ!」

 たった四人の用心棒にグラップラーは総崩れとなり、逃げ出す者も現れた。
 奇襲は成功し、状況は優勢。これなら勝てると、誰もが思った。
 それが儚い夢想でしかないと、このとき誰が想像しただろう。
 僕でさえ、グラップラーの不甲斐なさに拍子抜けしていたくらいに。だが、本当の恐怖はそれからやってきた。
 わずかな希望を粉々に打ち砕く悪魔――奴が姿を現したのだ。
 人間達を収容する巨大トレーラーから姿を現したのは、体格の全てが人間の二、三倍はあろうかという巨人。逃げ出した手下を虫のように踏みつぶし、目の前を横切って張り手を食らった者は、それだけで首の骨が折れて絶命してしまう。
 醜いツギハギ顔と、真っ赤に染め上げたモヒカンヘアー。ゴムのような素材の青いスーツで全身を包み、背中に大きなボンベを二本背負っている。ボンベから伸びたパイプが、両手の甲にそれぞれ伸びて固定され、先端のノズルが不気味に光る。
 後になって知ったことだが、バイアス・グラップラーには四天王とあだ名される幹部が四人いる。

 スカンクス、ブルフロッグ、カリョストロ、そして――

 こいつは四天王の中でも、最強かつ最悪として悪名を轟かせるテッド・ブロイラー。身がすくみ上がりそうな威圧感を放つ、とてつもないバケモノだった。
 だが、いかにグラップラーの幹部とはいえ、相手がたった一人なら負けない。そう思い、僕らは懸命に戦った。
 ありったけの弾丸を撃ち込み、四方から銃弾の洗礼を浴びせる。後にはスポンジ・ケーキのように穴ぼこだらけの死体が転がる――はずだった。しかし、異常な強度を持つテッド・ブロイラーの肉体は弾丸をことごとく跳ね返す。

「このバケモノめ!」

 マリアの銃弾がテッド・ブロイラーの頬をかすめた。
 高速回転する弾丸は皮膚をえぐり、どす黒い血がドボドボと流れ落ちる。痛みに逆上した眼が炎の色に染まり、突き刺すような憎悪を剥き出しにして吠えた。
 それは、わずかな可能性に賭けて抗う者への、死の宣告。
 趣味の悪い赤手袋に包まれた奴の指先が向けられた時、手の甲にあるノズルから紅蓮のうねりが吐き出された。
 鉄さえも残らず焼き尽くすテッド・ブロイラーの火炎放射が、四人を襲う。
 アパッチもフェイも、バギーを壊されて出てきたガルシアも――為す術もなく炎に包まれてしまった。かろうじて業火を避けたマリアは、僕の手を引いて逃げるように言う。
 ところが、気付けば周りはグラップラーに取り囲まれていて、這い出す隙間もない。僕はどうしたらいいのか分からず、棒のようにただ立っていることしかできなかった。
 弾丸は、すでに撃ち尽くしてしまっている。
 どうすることも出来ない僕とマリアを、グラップラー達が口汚く罵り、あざけり笑う。人間のものとは思えない残酷な感情だけが、その場に渦巻いていた。
 それからどうなったのかは、よくわからない。
 恐怖に動転し、奴に向かっていった事だけは憶えている。軽々と蹴り飛ばされて地面に転がった時、僕は見た。
 奴の頬にある傷が盛り上がり、みるみる治っていくのを。
 ――テッド・ブロイラーは人間じゃない。正真正銘のモンスターだったのだ。
 鈍く光るノズルが、僕に向けられる。
 その瞬間、僕の上に誰かが覆い被さった。

 熱い――!

 全身がたまらなく熱い。
 声が出ない。息が出来ない。
 薄れゆく意識の向こうで、巨大なバケモノの笑い声が響いていた。




 夢を見ていた。
 人が燃えていく夢。
 目の前で、大切な人が赤く、朱く――




 全身に滲む嫌な汗の感触を味わいながら、僕の意識は蘇った。
 立ち上がろうとすると、気を失いそうになるくらいの激痛が全身に走る。
 苦痛に喘ぐうめき声を聞いて、十も数えぬような小さい男の子と、僕と同い年くらいの娘が駆け寄ってきた。
 粗末な――といっても宿屋の一番安い部屋よりはよほど上等だが――ベッドに寝かされた僕は、彼女達からあの時の話を聞いた。
 用心棒が全滅した後、多くの人がグラップラーに連れ去られてしまった。シェルターから出てきた生き残りが目にしたのは、人が消えた町と、黒こげになった三つの遺体だった。
 アパッチ、フェイ、そしてマリア――名うてのハンター達は、見るも無惨な姿へ変わり果てていた。ただ、ガルシアの遺体だけはどこを探しても見つからず、壊れたバギーだけが残されていたそうだ。
 僕はマリアの遺体の下でひどい火傷を負いながらも息をしており、修理屋のナイル爺さんと孫娘のイリット、そして彼女の弟カルが手当をしてくれたらしい。
 火傷の疼くような痛みが、自分達に何があったのかを物語っている。
 それでも、自分の目で確かめるまで信じたくはなかった。
 全ては悪い夢であって欲しい――数日が過ぎてようやく身体の自由を取り戻すと、僕は外に出た。
 街の外れにはあの戦いで死んだ人々の墓標が並んでいた。鉄パイプや木材を組み合わせただけの、粗末な墓標。それでもこの時代、墓が作ってもらえるだけまだマシな方だ。その中で、少し離れた場所に文字の刻まれた十字架が三つ立てられている。

 鉄の男アパッチ、ここに眠る。
 ハヤブサのフェイ、ここに眠る。
 不死身の女ソルジャーマリア、ここに眠る。

 僕はその場にくずおれた。
 本当はわかっていたのだ。あれは夢なんかじゃない。それを認める事に怯えていた。一人になりたくなかった。だが、もうこれ以上目の前の現実を否定する事は出来ない。
 マリアはこの土の下に眠っている。
 いつかハンターになって、大金持ちになって、マリアに恩返しをして一緒に暮らす――それが僕の夢。他に何も望んではいなかった。
 けれど、全て残らず燃え尽きて、真っ黒な灰となって消えた。
 あの時。僕は何も出来ず、恐怖に身がすくんでしまった。
 圧倒的な力の差。
 それすらもわからずただ突っ込んで、その僕を庇って――マリアは死んだのだ。
 僕がもっと強かったなら。
 もっと知恵があったなら。

「マリア……うっ、うわああああーーーっ!」

 それからしばらくの間、抜け殻のようになって過ごした。
 かいがいしく世話を焼いてくれるイリットの声も、ほとんど何も聞こえなかった。
 僕の中に渦巻いていたのは、ドス黒い憎悪の炎。
 フェイの言葉が、鮮明にフラッシュバックする。

『グラップラーが憎いか?』

 今ならばその問いにはっきりと答えられる。
 それだけが全てと言ってもいい。
 グラップラーが憎い。
 憎い。
 憎い憎い憎い――!
 一度ならず二度までも、僕から家族を奪い去ったグラップラー。
 奴らは今もどこかで、弱い者を踏みつけて同じ悲劇を繰り返しているに違いない。
 許せない。
 絶対に許せない。
 今も奴らがのうのうと存在していることが許せない。

『マリアは強い女だ。マリアのように強くなれ!』

 フェイの言葉が蘇り、僕の成すべき事を教えてくれる。
 強くなってみせる。
 誰よりも強く、二度と負けないくらいに。
 マリアの仇は、必ずこの手で討つ。

(待っていろ、バイアス・グラップラー。そしてテッド・ブロイラー。この世の果てまで追い詰めて、一人残らず地獄に叩き込んでやる――!)

 その日、全てを失った少年は歩き始めた。
 戦車を駆り、己の力だけを頼りに怪物どもをなぎ倒すモンスターハンターとして。
 胸の奥に燃える、復讐の炎だけを支えに――
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