呟き





「……ナンセンスだ」

 ベッドの上に横たわり、私は一人呟く。
 ――眠れない。
 明かりを落とし、目を閉じても。
 あの姿が瞼に焼き付いて離れない。
 抱きしめた腕に残る温もり。
 初めて知った、身体を貫くあの感覚。
 かつて私が、これほど何かに執着したことがあっただろうか。




 〜呟き〜




(いや。無いわけでは……ない、か)

 メトロイドと、その恐るべき能力を悪用せんと企むスペースパイレーツとの戦いは、バウンティハンター、サムス・アランにとって永遠の命題だ。彼らが宇宙を乱し続ける限り、パワードスーツがこの身と共にある限り、私は彼らとの戦いに身を投じるだろう。それが私に与えられた使命であり、運命なのだ。
 多くの戦いの中、使命を越えた自らの意志や、任務を達成した際に気分の高揚を感じたことは確かにある。
 それは星や宇宙に息づく命を守るという、戦士サムス・アランとしてのもの。プライベートルームで眠りにつく一人の女として、何かにこだわったことは今まで無かった。
 一人静かに過ごせる夜だけが、私の恋人と言えたかも知れない。
 けれど私は出会ってしまった。
 狂おしいほど胸の奥を占める存在に。

「……」

 目が冴えてしまい、私は渋々身体を起こした。
 ベッドを降り、冷やしておいたミネラルウォーターで喉を潤す。
 窓の外に目をやれば、銀河の星々が鮮やかに夜空を彩る。
 この宇宙には数え切れない命が広がり、星空のように爛々と輝いている。
 その中で私たちが出会えたことは、砂浜の中で一粒を見つけた奇跡と同じだ。
 窓辺にそっと腰掛けて夜空を眺めながら、私は彼と出会った時のことを思い出す。
 突如「この世界」を襲った亜空軍。
 奴らに奪われたパワードスーツを奪還するため、戦艦ハルバードに潜入した際、機械の一部に組み込まれていた彼を私が助けたのだ。最初は頼りない印象を持ったものだが、それがつまらない偏見であるとすぐに悟る事となった。
 彼は勇敢で、優秀な戦士だった。
 外見からは想像も付かない強大なパワーを秘め、立ちはだかる敵に立ち向かう。不意を突かれ窮地に追い込まれた時、自分の何倍、いや何十倍はあろうかというあのリドリーを恐れず、逆に強烈な一撃をお見舞いして私を救ってくれたほどだ。
 そんな彼は今、私のベッドで寝息を立てている。
 後になって知ったことだが、彼らの種族はマスターとでも言うべき存在「トレーナー」と共に生活し、育んだ互いの絆と的確な指示によっては、本来の何倍もの力を発揮することもできるのだという。

(だが……彼には従うべきトレーナーがいなかった)

 野性に暮らしていたのを捕獲されたのか、トレーナーの元から引き離されたのか、それは分からなかったが。ともあれ帰るあてのない彼を、私は引き取ることにした。無論、戦うための道具や仲間としてではなく、私が今まで望みながら持ち得なかった――家族として。
 本来純真でとても優しい彼は、度重なる戦いに乾いていた私の心を潤してくれた。
 それから共に過ごす日々を重ねるうち、私の中に抑えがたい衝動が芽生えてきた。
 今まで感じたことのない「私」としての衝動。
 大抵の感情はコントロールできる。
 そうでなければ今まで生き延びてこられなかっただろう。
 しかし今、胸の奥で燃えているこの思いは、抑えようとすればするほど、余計に激しくなってしまう。
 このまま放置しておけば、精神が崩壊してしまうのではないかと思えるほどに。

(……もう限界だ)

 ならば自らの意志を実行に移すしかない。
 ところが私は感情を抑える事は得意でも、その逆はまったくと言っていいほど不得手だった。行き慣れたバーで、顔見知りと語り合うのとはわけが違う。
 初めての経験だった。おそらくは。
 だが、本当に実行して大丈夫だろうか。
 正直に言えば、拒絶されるのは恐い。
 もしこれで互いの間に距離が出来てしまったら。そう思うと指先が震える。
 しかしやらなければ、この先自分がどうなってしまうか分からない。
 私は窓辺から立ち上がり、ベッドに向かう。
 静かに眠り続けている彼の元に近付いて、すうっと息を吸い込む。
 よし、覚悟は決まった。
 頬にそっと手を触れてみる。
 熱い。
 忘れられないこの温もりが。この感触が。
 私にこんな事をさせるのだ。

「か、かわいい……ッ!」

 彼を強く抱きしめ、頬ずりする。

「ピッ、ピカチュウ!?」
「この感触が、この毛のフサフサ加減が……ああっ」
「ピカー!?」
「すまないピカチュウ、一度思いっきりこうしてみたくて私は、私は――!」

 この時の顔を想像したくはないが、きっとみっともなくにやけていただろう。逃がすまいとする私の腕の中で、彼はじたばたと手足を動かし続けていた。




 ほぼ同時刻。
 サムスのプライベートルームより百メートルほど離れたビルの一室から、暗視スコープでサムスの部屋を覗く男が一人。
 伝説の傭兵、ソリッド・スネークその人である。

「――大佐、大佐応答してくれ。大変なことが起こった」
「どうしたスネーク」
「サムスが……サムスが女になったぞ」
「何? それはどういう意味だ。詳しく報告しろ」
「あり得ないほどピカチュウをもふもふしている。くそう、何て羨ましい!」
「言葉の意味が分からん。スネーク、状況を報告するんだ」
「もう我慢できん。大佐、俺は現場に突入するぞ」
「待てスネーク! どうなっているのか分からんが、対策も立てずに乗り込むのは無謀だ」
「黄色い電気ネズミめ……脱いだサムスが誰の物か分からせてやる!」

 通信はそこで途絶え、さらに数分後。
 サムスの部屋で物音が響き、そして再び静かになる。

「もう一度聞くが……誰が誰の物だと?」
「おっおおお……!」

 目を吊り上げたサムスの足元には、うつ伏せに倒れたスネークの姿。
 グリグリと踏まれて意識の途絶えかけたスネークの耳に、大佐からのコール音が虚しく鳴り響く。

「どうした、何があったんだ!? 返事をしろスネーク! スネェェェェク!」

 ピカチュウはボロボロなのに何故か嬉しそうなスネークの表情に、

「ピカー?」

 と、不思議そうに首を傾げていた。