繋いだ手の中に

 花井ちさとと東野将。
 二人は幼馴染みで仲の良い友達であったが、ある日ちさとが好奇心から将の心を超能力で読んでしまったために、将はちさとのみならずエスパー全体への不信感を募らせ、険悪な雰囲気になってしまっていた。
 以前とは別人のように自分やエスパーを拒絶する将にどうやって謝ればいいのか分からず、ちさとは自分の行いを後悔し悩み続けていた。

 そんなある日、行き詰まった状況を吹き飛ばすような転機が訪れる。転校してきた三人のエスパー少女の一人、明石薫と将が激しくいがみ合い、拳でぶつかり合った果てにようやく和解したのである。
 ようやく仲直りが出来たちさとと将は、久しぶりに帰り道を共にしていた。こうして一緒に歩けることが、ちさとには何より嬉しかった。
 そんな時、前方から近づいてきた人を避けようとしたちさとはつまずいて転んでしまう。結構派手な転び方だったために将は慌てて駆け寄ってきたが、血は出ていない。
 将は胸をなでおろしながら、誤魔化すように言う。

「トロくさいやつだなぁ。こんなとこで座り込んでると危ないぞ。早く立てよ」
「なによぉ、少しは心配してくれたって……痛っ!」
「お、おい大丈夫か?」
「足ひねっちゃったみたい」
「仕方ないな……ほら、掴まれよ」
「あっ」

 躊躇なく手を差し伸べられたその手に、むしろちさとの方が驚いてしまう。過剰な程のエスパー嫌いを口にし、頑なに冷たい態度を取っていた将。二人は和解したが、あと一歩の部分をちさとは踏み出せずにいた。

「なんだ、一人で立てるのか?」
「う、ううん」
「じゃあ、さっさと掴まれってば」
「でも……いいの?」
「何が」
「だって――」

 ちさとは将に触れることが出来ないでいた。過去のあやまちを許してはもらえたが、将に触れようとするとあの時の罪悪感が心をよぎる。彼は許してくれた。けれど、もしもまた拒絶されてしまったら。また傷つけてしまったら――そう思うと怖くて仕方がなかった。

「いいからほら、早くしろよ」
「あ、ちょっと――!」

 そんな思いを知ってか知らずか、しびれを切らした将はちさとの手を取ってグイッと引っ張る。心の準備が出来ていなかったちさとは、何と言葉を返したらよいのかわからず目を丸くしていた。

「さっきから何を気にしてんだよ」

 ちさとが繋がれた手に視線を落とした時、ようやく将もそれに気が付いた。ハッとして少し表情を曇らせたものの、繋いだ手が離れることはなかった。

「また俺の心覗いてんのか?」
「そんな事してない!」
「ホントかよ」
「ウソじゃない! リミッターだってちゃんと――!」
「だったらさ、俺のこともちょっとは信じてくれよ」
「――!」
「俺が怒ってたのは、ちさとがエスパーだからじゃなくて。ズルしたからだ」

 かつて将はエスパー全てを嫌う発言を繰り返していたが、それはエスパーに対する盲目的な憎しみではなく、一方的に心を覗かれてしまったというアンフェアな状況に対する怒りから来るものであったのだ。

「……うん。ごめんね」
「俺にはちさとの気持ちわかんないのに、そっちだけ知ってるのはズルいだろ?」
「う、うん」
「だ、だからさ……えっと、今度ちさとの気持ちも教えろよ」

 照れくさそうにする将の瞳は、仲良くしていた頃と同じで。
 ちさとの目頭に熱いものがこみ上げて溢れそうになったが、彼女はぐっとそれを堪えて笑顔を見せた。目一杯の喜びを浮かべた、心からの笑顔。そして自分が最も望んでいることを言葉に乗せた。

「東野くん、私ね――」

 後に休日の街でデートをする二人の姿が見られるようになるのだが、それはまた別のお話。
 今はただ、繋いだ手の中に喜びとぬくもりを感じて。