なやみの鍋

 俺の名は宿木明。
 どこにでもいる健全な男子だ。
 まあ、超能力が使えるおかげで『普通の』とは行かないけども。
 それ以外はいたって普通で常識的な方だと自分では思っている。
 なぜなら、俺の相棒が気持ちいいくらいにアレでナニだからだ。
 詳しい説明は省くが、よーするに手が掛かってしょうがないって事。
 あいつの底なし沼みたいな食欲のおかげで、知らないうちに料理の腕前がめきめき上達してしまった。
 そんな俺にも、まだ上手く作れた事がない料理があったりする。

「明、今日のゴハンは!?」
「これが何だか分かるか、初音」
「……堅くてまずそう」
「味を聞いてるんじゃなくて」
「んーと、土鍋」
「そうだ」
「わーい、鍋、鍋〜♪」

 鍋なんて誰にでもできるじゃないか、そう思ったあんたは正しい。
 土鍋に具とダシと調味料を入れて煮ればいいんだから、料理としてはわりと簡単な部類のはず。
 しかし、目の前にいるコイツ――犬神初音が相手となると話は別だ。

「ねえ明、そこの肉食べていい?」
「煮てもいないうちから食うなッ! 生肉なんて食ったら腹壊すぞ」 

 とまあ、いつもこの調子。
 しかも初音にとって一番苦手なことは、食うのを我慢すること。
 できない訳じゃないけど、メシが食えないと鳴く叫ぶわ暴れるわ。
 ちょっぴりでいいから、辛抱ってものを身に着けてくれないもんかな。
 ああ、湯気が目にしみる。
 気を取り直して、鍋の具を入れていく。後は煮えるのを待ってのんびりと待つだけだ。
 
「うー」

 ――あの、すでに眼がギラギラしてるんですけど。

「まだだぞ」
「ううー」
「初音、待て。いいか、待てだぞ」
「うううー!」

 ヤバい、だんだん目が据わってきやがった。
 肉を鍋に入れてまだ十秒と経ってないんだぞ、おい。
 ――あ、ヨダレが。
 すかさずハンカチで拭いてやるが、初音はまるで感心がない様子。
 その辺はもうちょっとこう、なんというか。女の子なんだから。
 しまいにゃ泣くぞ、俺が。

「もう煮えたよね、食べていいよね、ねッ!」
「まだ野菜が煮えてないって! まだダメ、ダメよ初音ッ!」
「ぐるるる……お腹空いた……」
「うわ、やべぇッ!?」
「ゴハンーーー!」
「わぁーーーった、これを食えッ!」

 煮えたぎった鍋に突っ込まれたらどんな惨事になるか。
 すかさず小皿に肉を取ってやると、初音に差し出した。
 俺の手から小皿を奪い取ると、初音はあっという間に肉を平らげる。
 半生かもしれないんだが、あいつにとってはどうでもいいことなのだろうか。
 後でお腹壊さないように薬を飲ませておこう。

「明ぁ、ベロ火傷しちゃった」
「冷ましもせずにがっつくからだ」
「おかわり」
「火傷しても食うのかよ」
「次は冷まして」
「はいはい」

 今度はちゃんとフーフーして冷ましておく。
 目をやれば初音は口を開けて待ってやがった。
 仕方がないので箸で食べさせてやると、本当に嬉しそうな顔してモグモグ食べる。
 あの顔を見ると、色々許せてしまうのが俺の甘い所なんだろーか。
 でも、悪い気はしないんだよな。
 素早く新しい肉を放り込みつつ、初音に煮えた(と思う)肉を食わせてやる。もちろん野菜も忘れずに。そうしないと髪や肌のツヤが悪くなってしまうからな。飼い主として愛犬のコンディションは常に最高に保っておかないと。

 ――いや違う、愛犬でも飼い主でもなくて。

 家族のような友人として、仲間としてだ。うん。
 それにしても、食べてるときは機嫌が良くて可愛いんだよなぁ。
 いつもこうだったらいいのに。
 思う度に悲しくなってくるのは何故だろう。

「これも入れるっ」
「待ておい、ソーセージを放り込むな!」
「これもー!」
「ち、ちくわっ!?」
「これも入れちゃえ」
「チーズはやめてーーーッ!?」

 現実はシビアだ。
 油断すると次から次へと変なモノをぶち込みやがって。気付いたときにはもう、鍋の中身は何がなんだかよく分からない物体に変わってしまう。それでも食い続ける根性は凄いが、たまには後始末する方の身にもになってくれよ、初音。
 結局今回も鍋はおかしな方向に脱線してしまって、失敗に終わった。
 うーん、どうすればコイツとちゃんとした鍋を食えるんだろうか。
 まったく、とことん手のかかる奴だ。

「く〜……」

 満腹になったらすぐに寝る。これも初音のクセ。
 やれやれ、いい気なもんだ。

「う〜ん……明……むにゃむにゃ」

 あーあ、満足そうな寝顔してら。
 まあ、これはこれでいいか――




























「――というわけなんですけど。どうしたらいいッスかね、皆本さん」
「鍋を完成させてから初音ちゃんを呼んだらどうだい?」
「……あ」
「君とは他人のような気がしないなー」