GSちるどれん!

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  GSちるどれん!(1)  

「じゃあいってくるよ母ちゃん!」
「気をつけるのよケイ」
「平気だよ、今日もいっぱい魚捕ってくるから!」
「ふふ、それじゃ頼んだわね」

 元気良く飛び出していく息子の背中を見送ると、美衣は食事の準備を始める。
 森の中にぽつんとたたずむ古い家に、美衣とケイの化け猫親子はひっそりと平和に暮らしていた。
 かつて美神令子に退治されそうになった一件以来、彼女達の元を訪れた人間はいない。
 薪や食料を集めている時に、山菜を採りに来た人間の姿を見かけることはあるが、勘の鋭い彼女達はいち早く姿を隠し、自らトラブルを起こすことはなかった。
 そして今日も、いつもと変わらぬ一日であるはずだった。
 ケイが出て行ってからしばらくした頃、森をかき分けて真っ直ぐ美衣の家へと近付く影が二つ。
 それはおよそハイキングや山歩きとは思えないスーツ姿をしている。
 歳は二十〜三十代くらいだろうか。サングラスのせいで表情こそ読み取れないが、その男は霊体探知機『見鬼くん』を抱えながら確かな足取りで森を進む。
 そのすぐ後ろを、やはり黒いスーツに身を包んだ大男が無言のままついて行く。
 腕や脚は丸太のように太く、二メートルをゆうに超すであろう巨大な体躯をゆすりながら歩いている。
 ふと見鬼くんの反応が強くなり、森のさらに奥を激しく指し始める。

「ふふふ……もうすぐらしいな。実に楽しみだ」

 サングラスの男は口の端をわずかに上げ、静かな、しかし歪んだ笑みを浮かべていた。

「……!」

 味噌汁の味見をしていたとき、美衣はその鋭敏な感覚で近付く人間の気配を察知した。
 素早く窓際に身を寄せ、外の様子をうかがう。
 外に見えたのは、真っ直ぐこの家へと向かってくるスーツ姿の男達。明らかにこの場所と不釣り合いなその姿は、美衣の警戒を促すには充分であった。
 獣妖怪本来の鋭い眼光を光らせながら、美衣は窓際から身を離す。やがて家の戸が叩かれ、家主を呼ぶ声が聞こえてきた。居留守を使うこともできたが、窓から食事の匂いを漂わせていてはそうもいかない。それに、育ち盛りの息子の食事を冷ましてしまうのも気に入らなかった。

「どなたですか?」

 美衣はあくまで自然に、警戒していることを悟られないように答えながらわずかに戸を開ける。一枚の戸を隔てた向こう側にはサングラスをかけた男が立っている。
 黒いレンズにその表情を隠したまま、わずかな隙間から美衣を覗き込む。

「突然申し訳ない。実は散歩しているうちに帰り道がわからなくなってしまいまして」
「それは大変でしたね」

 当たり障りのない返事をしながらも、美衣の警戒心はますます強くなっていく。彼らの行動はすでに感じ取っており、そこにこの言葉だ。信用できるはずがない。
 言い表せない嫌な予感を感じた美衣は、もうこれ以上会話を続けたくなかった。

「この先に小川があります。それに沿って下っていけば村の近くに出ることができるでしょう」

 そう言って戸を閉めようとしたとき、男は足を挟んで食い下がる。

「まだ何か?」
「実は、ここへ来る前に噂を聞いてしまってね」
「噂……ですか?」
「ええ、聞いたことはありませんか?」

 その瞬間、サングラスの奥の瞳が妖しく輝いたのを美衣は見逃さなかった。

「妖怪が……そう、この森に化け猫が出るという噂をね。ふふふ――!」

 直後、戸を突き破って大男の太い腕が美衣を捕まえ、家の外へと引きずり出した。美衣が細身であるとはいえ、胴をわしづかみにするその手の大きさは異様であった。指を外そうとしても、その握力は人間とは思えないほど凄まじく、まるでビクともしない。

「うぐっ!?」

 大男は無表情のまま重機のような力で締め付け、美衣は苦悶の表情を浮かべる。

「くっ……お前、妖怪退治か……ッ!?」
「退治? はは、そんな勿体ないことはしないさ……なぜなら」

 サングラスの男は懐から奇妙な刻印の入った金属の輪と球体を取り出しニヤリと笑う。

「私の目的はお前を捕獲することだからな」
「な……に……!?」
「母ちゃん!」

 その時魚捕りから帰ってきたケイが見たものは、母を締め上げる大男とそれを楽しそうに見つめるサングラスの男の姿だった。

「ケ、ケイ!」
「ほう、子供がいたのか。これはいい」

 サングラスの男はケイの方に向き直し一歩踏み出した。

「逃げなさいケイ!」
「えっ、で、でも……」
「早く!」
 しかし、状況が飲み込めず戸惑っているケイはその場から動けなくなってしまっていた。
 サングラスの男は謎の輪を手に、ジリジリとケイに近付いていく。

「ううっ……」
「なに、怖がることはない。すぐに済むさ」

 そして手にした輪をかざしたその時――
「その子に手を出すなぁぁぁぁッ!」

 美衣は本性をあらわにし、その鋭い爪で自分を握り締める大男を顔面から引き裂いた。
 大男はうめき声ひとつ上げずに膝をつき、その場にうなだれる。美衣は掌から抜け出すと、全身から殺気をみなぎらせながら男の背を見つめる。

「それ以上子供に近付いたら……殺す!」

 ところがサングラスの男はまるで驚く様子もなく振り返り、切り裂かれた大男を見つめてやれやれとため息をつく。

「装甲には充分な強度を持たせたつもりだったが……改良の余地がありそうだな」
「何の話をしている!」
「ゴーレム、その化け猫をもう一度捕まえろ」

 男の命令が出ると同時に、ゴーレムと呼ばれた大男の身体が跳ね上がる。皮膚がパリパリと破れ、中から一見粘土のような素材の赤い肌が現れた。
 美衣の見開かれた目に映ったものは、顔から胸にかけてひっかき傷が伸びている石の怪物であった。体格こそ巨大ではあるが、肌の色と表情を除けば人間と何ら変わらない姿をしている。

 ――ばちんっ!

 ゴーレムは巨体から想像もできないほどの速さで、蚊をはたくときのように美衣を両手で挟み込んだ。

「がはっ!」

 美衣は不意を突かれ、体を締め付ける重機械のような圧力に意識が遠のいていく。

「新型ゴーレムの装甲に傷を付けるとは大したものだ。お前は私のコレクションに並ぶ価値がある」

 サングラスの男は謎の輪を開き、ゴーレムの腕の中でぐったりとしている美衣の首に取り付ける。
 すると首輪は不思議な光を放ち、美衣の体から自由を奪っていく。

「こ、これは……力が……吸い取られ……」
「ふふふ、そのリングは霊力を吸収する素材で出来ていてな。無理に外そうとすれば霊其構造を破壊し、妖怪ならば消滅してしまうだろう。これでもうお前は逃げられん」

 そして、男はさらに謎の球体を美衣の目の前にかざす。
 すると美衣の体は一条の光となり、その球体の中に吸い込まれてしまった。

「か、母ちゃん!」
「さて坊や、今の子供はこんな時はなんと言うか知っているか?」
「あ、ああっ……」

 ケイはあまりの出来事に、ただ震えることしかできなかった。

「化け猫ゲットだぜ、って言うんだよ。ククク……!」
「う……わあああああっ!」

 気付いたときには、夢中で森の中を駆け抜けていた。
 しばらくの間は追われているのがわかったが、迷路のような森を知り尽くしていたことがケイにとっての幸運だった。
 やがて追跡の気配は消えたが、ケイはひたすらに走り続けた。
 小高い山の斜面に突き出した岩の上で家の方を振り返ると、森の中からヘリコプターが飛び出し空の彼方へと消えていくのが見えた。

「母ちゃーーーーーーーーーん!!!!」

 深い森の上で、幼い化け猫の少年は声が枯れるまで叫び続けていた。





 天竜童子は退屈だった。
 かつて人間界に行ったときに命を狙われてからというもの、安全のためにと天界から外に出してもらえなかった。
 アシュタロスという輩が人間界で騒ぎを起こし、世界のバランスが崩れるかも知れないという一大事にもただ見ていることしか許されず、歯がゆい思いをしていた。
 結局事件は無事に収束して世の中は平穏を取り戻し、家来である横島も無事で彼の心配事はなくなった。
 そうなると今度は、何もやることがなくなってしまったのである。
 遊びたい盛りの子供にとって退屈は一番の敵。
 そしてとうとう限界に達した天竜童子は例によって最強の結界破りをくすね、再び勝手に人間界に行くことを画策する。
 それからしばらくして、天竜童子は妙神山に訪れていた。
 先の事件でここが破壊されてから、天竜童子は小竜姫のねぎらいという形でちょくちょく顔を出していたが、ここは俗界に近いことや魔族のジークやパピリオという娘など面白いメンツが揃っていて気に入っていた。
 今回も適当な名目を付けてやってきたが、誰も不審には思っていない様子。ともかく皆が寝静まったのを見計らい、人間の服装に着替えて神殿を抜け出そうとしたその時だった。

「何してるんでちゅか?」
「うわっ!?」

 コソコソと廊下を歩いていたところにいきなり声をかけられ、つんのめりそうになる。慌てて振り返ると、パジャマ姿のパピリオが目をこすりながら立っていた。

「こ、これはその、なんというかだな」
「?」
「ちょ、ちょっとこっちに来い!」

 天竜童子はパピリオの手を取り、人気のない場所まで連れて行く。

「なんなんでちゅか一体?」
「お前は何も見なかったし聞かなかった事にしろ。そうしてくれたら何でも褒美をやる。だから……今夜のことは小竜姫には黙っておいてくれっ! 頼む!」

 慌ててまくし立てる天竜童子を見て、パピリオは「ははーん」と納得する。

「もしかして、勝手に人間界へ抜け出そうとか考えてまちゅね?」
「ぎくっ」
「やっぱり図星みたいでちゅね。どこへ行くつもりでちゅか?」
「ぐっ……と、東京に横島という余の家来がおる。久しぶりに奴に会いに行こうかと」
「ポチに会いに行くんでちゅか」
「む? そういえばお前も横島の知り合いだったか」

 しばらく考え込んでいたパピリオはにんまりと笑い、天竜童子の方を見る。

「黙っててあげるのは構いまちぇん。ただし条件がありまちゅ」
「な、何だその条件というのはっ」

 イヤな汗をかきながらパピリオを見つめると、彼女は心底愉快そうに言った。

「面白そうだから私も連れて行ってくだちゃい。ちょうど修行にも飽きて退屈してたところでだったんでちゅ。連れてってくれないと……何もかも小竜姫にバラしまちゅよ?」
「うぐ……わ、わかった。背に腹は替えられん。小竜姫のお仕置きは過激なのじゃ」

 がっくりとうなだれる天竜童子を待たせ、パピリオもこっそりとよそ行きの服に着替えてきた。
 こうして夜の妙神山から二つの小さな影が飛び出し、やはり直後にけたたましい警報が山頂に鳴り響いたのだった。
 天竜童子とパピリオは少しだけ飛んだ後、追っ手の目をごまかすため深い森の中に身を潜めて夜が明けるのを待った。
 やがて東の山頂から太陽が昇り、その日差しを受けて二人は目を覚ました。
 高くそびえる木の上から眺める景色はたくさんの命に彩られ、それらが放つ鮮やかな色彩が人間界の大きな魅力だということを二人は知っていた。
 天竜童子は高い木のてっぺんに登り、胸一杯に朝の空気を吸い込む。
 そして東京に着いたら何をして遊ぶか考えていたとき、パピリオの呼ぶ声が聞こえてきた。
 木を降り、辺りを見回すと小さな小川のそばにパピリオはいた。
 駆け寄ってみると、その傍らには見慣れない少年が倒れている。
 半袖短パンにすり切れたぞうりを履いたその少年は、すっかり泥や埃にまみれて汚れていた。

「誰だこいつは。なぜこんな山奥に子供がいるのだ?」
「わかりまちぇん。それよりホラ、このコの耳すごく可愛いでちゅ〜」

 パピリオが少年の耳を指す。それは三角形の、猫の耳であった。
 指先でつんつんと触ると、ピクピク動くところがたまらなくツボにはまったらしい。

「む、猫の妖怪か。ともかく、行き倒れをこのまま放っておくわけにもいかんな」
「そうでちゅね。手当てしたら恩を感じてペットになってくれるかも」
「お前、案外黒い事を考えとるのう」
「……冗談でちゅよ」

 パピリオは手近な葉っぱをちぎって水を汲み、気を失った少年の口に少しずつ流し込んだ。冷たい雫に少年の意識は次第に覚醒し、小さなうめき声と共にゆっくりと目を開く。
 少年の視界には、自分を覗き込む見慣れない少年少女の姿が映っていた。

「うわぁっ!?」

 少年は驚いて、反射的に差し出されていたパピリオの手を払いのけてしまい、彼女が手に持っていた水は全て天竜童子にかかってしまった。

「ぶ、無礼者っ! それが恩人に対する礼儀かぁっ! そこになおれ、根性をたたき直してくれる!」

 拳を振りかざして怒る天竜童子を、パピリオは後ろから小突く。

「うるさい! ところであんた、どうしてこんな所で行き倒れてたんでちゅか? 私はパピリオ。こっちは」
「余は天竜童子。龍神族の王、龍神王の世継ぎじゃ」

 目の前の二人に悪意がないことを感じ取った少年は身を起こし、口を開いた。

「ぼ、ボクは化け猫のケイ。実は――」

 ケイは前日に起こった自分の境遇について説明した。
 あの後ケイはヘリを追って森を飛び出し夜通し走り続けたが、知らない土地は勝手がわからずこの森に迷い込んで気を失ってしまったのだ。

「そんなことがあったんでちゅか……」
「何と非道な。仏法の守護者として捨て置けぬ!」

 天竜童子は憤慨し、手近な枯れ枝をへし折って怒りを表していた。

「兄ちゃんなら助けてくれるかもしれない。でも、ボクは居場所を知らなくて……」
「「兄ちゃん?」」
「前にボクや母ちゃんを助けてくれた人間の兄ちゃんがいるんだ。妖怪退治の派手な女の人と一対一で勝負して、ボクらを逃がしてくれた。強くて優しくて、ボクのヒーローなんだ」

 ケイの言葉に、天竜童子とパピリオは引っかかるものを感じ顔を見合わせる。

「妖怪退治の派手な女でちゅか?」
「ケイとやら、ひとつ聞きたいのだが。その兄ちゃんというのはどんな姿であった?」
「青いズボンに、おでこに赤い布を巻いてた」
「「やっぱり横島!!」」

 見事にハモった二人を見て、ケイはただキョトンとするばかりだった。

「お前は運がいいぞ。余もパピリオも、これからその人間に会いに行くところなのじゃ」
「えっ、ほ、本当に!?」
「私達と一緒に来るといいでちゅ。ポチなら何かいい方法を考えてくれまちゅよ」
「余もお前の母上救出に力を貸そう。王位を継ぐものとして、見過ごすわけには行かぬからな。今回はひと味違った冒険になりそうじゃ」
「う、うんっ。ありがとう二人とも!」

 ケイは涙ぐみながら、天竜童子とパピリオに固い握手を交わす。
 こうして、奇妙な縁によって巡り会った三人は東京の横島に会いに行くことになった。

「――あ、あのさ」

 さっそく宙に浮く天竜童子とパピリオにケイが声をかける。

「どうかしたのか?」
「ボク……空を飛べないんだ」
「なにい!? じゃあどうするのだ。歩いていたら日が暮れてしまうぞ」
「どうもこうも、あんたがおんぶしていけばいいんじゃないでちゅか?」
「なっ、余にそんなことをしろというのかっ!?」
「じゃあ龍神族の世継ぎがいたいけな女の子におんぶをさせるつもりなんでちゅか?」
「ぐっ!?」
「ごめん、母ちゃんは練習すればボクでも飛べるって言ってたんだけど……」

 申し訳なさそうに見上げてくるケイに、天竜童子は頭を掻いて怒鳴った。

「ええい、余はそんなことで腹を立てるような小さい男ではないわ! さあ、早く乗れっ!」
(ホント、扱いやすいでちゅね〜)

 パピリオはそんな天竜童子を見てクスクスと笑っていた。
 そんなわけで、ケイは天竜童子の背に乗り、横島のいる東京を目指したのであった。




 東京へ辿り着き、美神除霊事務所の前にやってきた天竜童子、パピリオ、ケイの三人はドアを何度もノックしたが、返事がない。
 戸締まりもされているようで、中に人のいる気配はなかった。

「留守みたいでちゅね」
「まったく間の悪い奴らじゃ。どこをうろついておるのだ」
「兄ちゃんに会えると思ったのに……」

 肩を落としてガッカリしていると、背後から近付いてくる影があった。
 額に角を生やした少年の鬼――娑婆鬼である。手にはミニ四駆ボックスを持ち、事務所を見つめて不敵に笑っている。娑婆鬼は天竜童子とケイの間を強引に通り抜け、バンバンとドアをノックし始めた。
 だが、何度ノックしても返事はない。

「無駄じゃ。ここの連中は全員出払っておる」

 天竜童子の言葉に、娑婆鬼は手を止めて振り返る。

「なんだべお前らは? ここの関係者か?」
「余は天竜童子、龍神族の世継ぎなるぞ。そういう貴様は何者じゃ?」
「オラは娑婆鬼。以前ここの横島という奴に負けた勝負のリベンジに来ただ!」
「ということは、ここにいる全員がポチに用があるんでちゅね。奇遇でちゅ」
「むっ……」
 ふとパピリオに目が止まった娑婆鬼はじーっとパピリオを見つめた後、突然目の前に詰め寄って両手を握り締めた。

「お前、オラの嫁にならねぇだか?」
「へっ?」

 突然の告白にパピリオは目をぱちくりさせ、天竜童子はひっくり返っていた。

「いきなり何をトチ狂っておるか貴様ぁッ!!」

 青筋を立てて叫ぶ天竜童子を無視して、娑婆鬼はパピリオの手をさらにグッ、と握る。

「お前、名前は?」
「あ、パ、パピリオでちゅ」
「いい名前だべ。きっと丈夫な子供が産め――」

 その瞬間、娑婆鬼の後頭部にスパァン! とハリセンが叩き込まれた。

「何すんだ!? オラとやる気か!」
「人を無視した上に勝手に連れを口説くなっ!」
「お前にとやかく言われる筋合いはないっ!」
「あるっ! パピリオは余の――」

 そう言いかけて、天竜童子はパピリオを見てつい顔を赤らめる。

「パ、パピリオは余の家来なのじゃ! 勝手なマネは許さん!」
「ほー、許さなかったらどうするんだべ」
「望むならここで決着をつけてやろうか?」
「ちょ、ちょっと二人とも、落ち着いて……あわわ」

 ゴリゴリッと額をくっつけながらガンを飛ばし合う天竜童子と娑婆鬼をどうしたものかと、ケイはオロオロとしていた。

「ああもう、今はそれどころじゃないでしょーが! ポチを探すのが先でちゅよ!」

 らちがあかないやりとりにイライラしたパピリオが大きな声を出したその時、その場に不思議な声が鳴り響いた。

『皆さんは横島さんを探しているのですね?』

 子供達はキョロキョロと辺りを見回すが、声の主の姿は見えない。

「だ、誰だ?」
『私は人工幽霊壱号。この事務所の管理をしている幽霊です。実は折り入ってあなた達に頼みたいことがあります』
「頼みたいこと?」
『あなた達にとっても重要なことです。聞いてもらえますか?』

 子供達は顔を見合わせたあと、コクリと頷いた。
 人工幽霊が言うには、数日前に美神除霊事務所のメンバー全員が除霊に向かったまま消息を絶ってしまったということだった。
 可能な範囲でテレパシーを送ってみても返答がなく、この場を動けない人工幽霊には調査のしようがなかったのである。
 そこで、横島を探しているという子供達にその捜索をして欲しいと人工幽霊は頼む。もちろんケイ、天竜童子、パピリオはどうしても横島達に会って美衣の救出を手伝ってもらわねばならなかったので、すぐに頷いた。
 娑婆鬼には頼みを聞く筋合いなどはなかったのだが、せっかくここまで来てただ帰るのもつまらないと、協力することを約束した。

『ありがとう子供達。オーナー達の捜索には私も同行させて下さい』
「お前はここから動けぬのではないのか? 自分でそう言っておったであろう」
「ええ、私単独ではそう遠くへは行けませんが、憑依できる無生物と霊力の高い存在――つまりあなた達が身近にいれば可能です」

 難しい話に天竜童子が首をかしげていると、突然霊体が娑婆鬼のミニ四駆ボックスに飛び込み光を放った。
 娑婆鬼のミニ四駆はフタを突き破り、文字通り意志を持って動き始めた。

『この玩具をしばらく仮のボディとして借ります。よろしいですか?』
「おおっ、喋るマシンだ! カッコいいから文句はねーべ!」
『感謝します。美神オーナー及び事務所のメンバーの向かった先は私が案内致しましょう』
「うむ、さっさと横島達を見つけにゆくぞ」
「ポチ達は何をやってるんでちゅかね?」
「思わぬ暇つぶしができたべ。わくわくするだな」
「母ちゃん……兄ちゃん!」

 ここに今、子供達だけの冒険が幕を開けた。
 この先に待っているのは一体何か――少年達の瞳は、遠い空の向こうを見つめていた




 人工幽霊の案内で、ケイを始めとする子供達はとある港の倉庫街にやってきた。
 数日前、仕事の依頼を受けた美神達がここへ向かったまま消息を絶ってしまったという。失踪した美神達の手がかりを得るべく、子供達は現場の倉庫へと向かっていた。

『――仕事の依頼主は北部貿易株式会社、代表の森田氏です。依頼内容は会社の倉庫に妖怪が出現し、商品をたびたび荒らしていくのを何とかしてほしいというものです。逃げ足が非常に早いとのことで、追跡能力の高いシロとタマモの両名もこの仕事に参加していました』

 美神達が引き受けた依頼内容を説明しながら、人工幽霊の憑依したミニ四駆は倉庫街の中を進んでいく。

「ところで、ここにはどんな妖怪が出るというのだ? 横島の仲間が総出でやられてしまうような強い奴がおるのか」

 天竜童子の呟きに、他の仲間もうんうんと頷いて人工幽霊の言葉を待つ。

『いえ、そのような情報や報道は確認しておりません。それに目標の妖怪は一体だけということでしたし、美神除霊事務所のメンバーが揃っている以上、よほどの上位魔族でもない限りやられてしまう事態はありえないと思われます』
「とにかく、調べてみないと何もわかりまちぇんね」
「うむ」

 やがて、彼らの前に古びた大きな倉庫が姿を現した。
 シャッターは下ろされているが、脇の出入り口から中に入ることができるようだ。
 がちゃり、とドアを開け中に踏み込むと、そこには暗闇だけが広がっていた。

「こ、これでは何も見えんではないか」
「うう……暗いのは嫌いでちゅ」

 天竜童子とパピリオが先に進むのをためらっていると、その横をケイと娑婆鬼がスタスタと通り過ぎていく。

「おい猫妖怪、その辺に照明のスイッチがないか調べろ」
「ボクはケイっていうんだよ娑婆鬼」
「わかったわかった。じゃあケイ、そこの壁にあるのは違うだか?」
「ん〜、なんか変なヒモがたくさん伸びてるけど」
「これはヒューズだな。今度はあっちだべ」
「うん」

 真っ暗闇の中をまるでものともせず動き回るケイと娑婆鬼に、パピリオと天竜童子は目を丸くしていた。

「お、お前らこんな真っ暗でも目が利くのか? よ、妖怪はおらんのか?」
「鬼が暗がりで動けなかったらお終いだべ。とりあえず今のところ怪しい気配はしねーな」
「ボクも暗いところは平気かな。それに森の夜の方がもっと暗いよ」
「へぇ、けっこう頼りになりまちゅね二人とも。それにくらべて……」

 パピリオはチラリと天竜童子の方を見る。

「なっ、何だその目はっ。余は暗がりなど怖くなんかないぞっ!」

 天竜童子は引きつった笑いを浮かべ、暗がりの中に踏み出していく。
 しばらくすると、あちこちで『ゴン!!』とか『痛てっ!!』などとぶつかったり転んだりする音が聞こえてきたので、パピリオは笑いをこらえるのに必死だった。
 その後すぐに照明のスイッチが見つかり、倉庫に明かりが灯る。
 倉庫の中はかなり広く、脇にはたくさんの木箱やコンテナが積み上げられている。
 だが、倉庫の中に特に変わった様子はない。

「何も見あたらんのう。妖怪もおらんようだし」
「本当にここなんでちゅか人工幽霊?」

 人工幽霊のミニ四駆を両手で持ったまま、パピリオは尋ねた。

『北部貿易の第六倉庫。ここに間違いありません。もう少し調査してみましょう』

 手分けして倉庫の中を探してみたものの、やはり異常は発見できなかった。もうこれ以上手がかりは見つけられそうもないと全員の意見がまとまりかけていたとき、ケイは最後に倉庫の隅にあるダストボックスの中を覗いてみた。

「んしょっと」

 フタを開けて、大きなダストボックスの中に身を乗り出す。
 包装用の紙やテープばかりが無造作に詰め込まれたダストボックスには、およそ手がかりなどあるとは思えなかったが、がさごそとゴミをかき回していると底にキラリと光る丸い玉があった。
 ビー玉かと思って手に取ってみると文字が浮かび、それは何か霊力を帯びたものであることが感じられた。

「みんな、こんなものがあったよ!」

 ケイの言葉に全員がすぐに集まり、その玉に視線が注がれる。

「何か書いてあるみたいだけど、ボク字が読めない」

 そして真っ先に言葉を発したのは人工幽霊だった。

『横島さんの文珠! やはりここに彼らは来ていたのですね』

 ようやく手がかりを見つけることができた彼らは、ハイタッチで喜びを分かち合っていた。娑婆鬼などはケイの頭をぐりぐりしながら「よくやったべ」とまるで兄貴分である。
 そんな中、パピリオが文珠を見つめながら呟いた。

「でも、何のためにこれをゴミ箱に捨てたんでちゅかね?」
「文字が浮かんでおるぞ。【記】じゃな」
「日記でも書こうとしたんだべか?」
『もしや……ケイ、その文珠を投げて下さい』

 人工幽霊は何か思い当たるようで、ケイに文珠を発動させるように言う。言われた通りに文珠を放り投げると、文珠が輝きその場に美神を始めとする事務所の面子の姿が現れた。
 もちろんそれは実体ではなく、向こう側が透けて見える立体映像であったが。

「ああっ、この人ボクらの所に来た妖怪退治じゃないか! な、なんで兄ちゃんと一緒に!?」
「知らんのか? 横島はこの美神という女の助手をしておるのだぞ」
「ええええっ!? そ、そうなの!?」
「この女、ものすご〜くがめつくて胸がぼよんぼよんで腹の立つ性格してまちゅけど、悪者じゃありまちぇんよ。とりあえず今は安心していいと思う」
「うう、なんか複雑な気分だなぁ……」

 ケイは初めて知った事実にとまどいを隠せずため息をついてしまった。

「んで、この人間達の映像はなんなんだべ?」

 内輪の話をよそに、娑婆鬼が腕を組みながら人工幽霊に尋ねる。

『文珠に事前の様子を記録したものと思われます。ともかく、内容を確認してみましょう』

 人工幽霊の言葉に従って、子供達はじっとその映像を見つめ始めた。




 美神を始め、横島、おキヌ、シロ、タマモの美神除霊事務所メンバーは、倉庫街で妖怪を追いつめていた。妖怪は動きが非常に素早く、夜の暗闇に紛れて姿が見えづらい。だが、ときおり月明かりに映るそのシルエットは、人の形をしながらも毛皮に覆われ、鋭い爪、とがった肉食動物の耳、闇に光る目を持ち……いわゆる獣人の姿であった。
 獣人は距離を取ってしきりに美神達を威嚇していたが、数で敵わないと見たのか逃走を繰り返していた。

「シロ、タマモ! あんた達の出番よ!」
「承知したでござる!」
「逃がさないわ」

 美神の合図に従って、シロとタマモはその身体能力を駆使し、一足先に妖怪を追う。
 美神、横島、おキヌもその後に続いて走り出していた。
 素早いシロとタマモの追跡をかわしきれず、獣人は現場となる倉庫の窓ガラスを突き破り飛び込んでいく。
 シロとタマモもその後に続いて倉庫に飛び込んだ。
 そこは月の光も届かぬ闇の中。不気味な静寂に包まれながら、シロとタマモは用心深く進んでいく。
 その背後から、闇の中に不気味に浮かび上がる双眸が二人をじっと見つめていた。
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