GSちるどれん!

前へ | 次へ | 一覧へ戻る

  GSちるどれん!(2)  

 一足遅れて、美神ら三人が倉庫に到着した。
 倉庫の窓ガラスが割れていたので、目標とそれを追っていたシロ・タマモがここにいるのはすぐにわかった。

「どうやら二人はここに追い込んだみたいね。ここがねぐらにしてる場所ってことか。報告通りね」

 美神は神通棍を伸ばし、破魔札を腿のホルダーから取り出し身構える。

「しかし妙ですよ美神さん。やけに静かすぎやしませんか?」

 横島が、物音ひとつしない事を不審に思い辺りを見回す。

「そういえばシロちゃんとタマモちゃんの声が聞こえませんね。何かあったんでしょうか?」

 おキヌも言い知れぬ異変を感じたのか、ネクロマンサーの笛をしっかりと握り締めていた。

「あの子たちのことだから大丈夫だとは思うけど……用心しといたほうが良さそうね」

 三人は周囲の気配に神経を尖らせながら、倉庫の中へと入っていく。
 倉庫の中は真っ暗で、一メートル先がもう見えない。
 慎重に足を進めていると、どこかからうめき声のような物音が聞こえた。
 美神は声のした方へ、視線を向ける。

「どうしたのシロ、タマモ! 何があったの!?」

 闇の中に美神の声が響き渡ると、しばらくしてか細い声が聞こえてきた。

「み……かみ殿……は、早く……逃げ……」

 その声はシロのものだったが、普段の元気な彼女からは想像もできないほどに弱々しかった。
 声はどうやら高い位置から聞こえてくる。

「どこかケガしたの? 自分で動けるの!?」

 そしてそこから、再び弱々しい声が告げた。

「こ、これは……ワナでござ……る……」

 闇の中を見上げながら尋ねると、二階部分の通路に人影が見えた。

「ようこそ美神令子さん。日本最高のGSともなると、飼っている妖怪もひと味違うようだ。実に素晴らしいよこの二人は」

 男の声が響き渡る。それは美神達にも聞き覚えのある若い男の声であった。
 仕事の依頼は代理人が接触してきたが、その際電話でギャラの打ち合わせをするために話をした、北部貿易代表の声だった。
 と、次の瞬間倉庫の照明が灯り、あたりは光に包まれる。
 突然の明暗の差に目が眩みながらも、美神は声がした方へ身構えていた。
 徐々に目が慣れてきたその視界に飛び込んできたものは、倉庫の二階部分からこちらを見下ろすサングラスの男――森田。
 その傍らには二メートルを超す大男と、さっきまで美神達が追っていた獣人がまるで猫のように大人しく座っている。
 そして、大男の両脇にはぐったりとしたシロとタマモが抱えられていた。

「森田さん!? これはどういう事? シロとタマモに何をしたの!」
「この獣人は私の忠実な部下さ。我々はこの人狼のお嬢さんに研究素材として興味があるんだよ。あまりに元気がいいので、少々大人しくなってもらったがね。それに加えて妖狐まで手に入るとは思わぬ幸運だったよ」
「研究素材ですって?」

 美神はかつて、魔族と取引をして心霊兵器を開発していた組織の事を思い出していた。
 依頼を装い、心霊兵器の実験場に放り込まれた忌々しい事件。
 だが、あの組織は彼女自らの手で完全に壊滅させたはずであった。

「ちょっと前に心霊兵器を開発しようとしてた連中とやり合った事があったけど……まさか」
「ふふふ……さあ、どうかな。とにかく、あなたにも色々と用があるのでね。ご同行願おうか」
「ずいぶんとこすっからい真似してくれるじゃないの」
「正攻法で切り崩せるほどあなたは易しい相手ではないからな。策は使わせてもらうさ」

 ふと美神がうなだれているタマモを見ると、首に刻印の刻まれた輪がはめられている。

(霊力を吸収する呪印……こいつら、妖怪の弱点を知ってるわね)

 同じようにもシロも首輪をつけられており、ずいぶんと顔色が悪い。
 タフさが取り柄のシロでさえこの有り様なのだから、呪印の効果は相当なものらしい。

「待ってろシロ、今助けてやるからな!」

 横島が飛び出そうとすると、森田は肩をすくめ、懐に手を入れながら言った。

「それは困るな。これほどの上玉にはなかなか出会えんのだ。念のためにきちんと保管しておくとしようか」

 そして森田は金属球をふたつ取りだし胸の前にかざす。するとシロとタマモは光の筋となってそれぞれの球に吸い込まれてしまった。

「て、てめぇ……何しやがった!」

 歯ぎしりをする横島を制し、美神が一歩前に出る。

「森田……あんた、この私にケンカ売ってタダで済むと思ってんじゃないでしょーね!」

 森田は口の端をわずかに上げてフッ、と笑う。

「無論、美神令子を相手にただで済ますつもりなどないさ」
「できると思ってんの?」
「勝ち目のない勝負はしない主義でね……行け」

 森田の声に大男はふわりと跳躍し、美神達の前に大きな衝撃と共に着地する。

「彼を倒すことができたら素直に引き下がろう。倒せたら、だがね」
「後悔するわよ!」

 真っ先に飛び出したのは横島だった。

「よくもシロとタマモを!」

 文珠を出現させると、素早く大男に向かって放り投げた。

「てめーみたいなデクノボーはな、一コマで――」

 文珠に「爆」の文字が浮かび上がり、光と熱を発して弾け飛ぶが、その衝撃と爆風は全て跳ね返り、横島を呑み込んだ。

「んな……ッ!?」

 自分の武器の直撃をまともに食らい、横島はリュックの荷物をまき散らしながら派手に吹き飛んでいった。近くに積んであった段ボール箱の山に突っ込み、崩れてきた箱の下敷きとなって、横島の姿は見えなくなってしまう。

「横島さん!」
「霊力を反射した!? これじゃシロとタマモもやられるはずだわ……こいつ、人間じゃないわね!」
「ご名答。だが、今はクイズの時間ではないぞ?」

 大男はその巨体からは想像もできない速度で美神に駆け寄り、大きな拳を振り上げる。 美神がひらりと身をかわすと、背後にあった木箱が粉々に砕け散る。即座に美神が神通棍の一撃を加えてみたが、磁石が反発するかのように刀身が跳ね返されてしまった。

「やっぱり効かない……斬ったり殴ったりじゃダメージを与えられそうもないか」
「私、やってみます!」

 離れた所にいたおキヌがネクロマンサーの笛を唇にあてがい、吹き鳴らし始める。
 音波が霊波を帯びて響き渡ると、大男の動きが鈍くなり始めた。

「上手いわおキヌちゃん、その調子よ。今のうちに弱点を探さないと」

 その様子を、森田は腕を組んでじっと見つめていた。

「ふむ、精神攻撃か。あの笛は放っておくと厄介だな」

 そして手帳に何やら書き加えると、大男に向かって叫ぶ。

「ゴーレム、笛を止めろ!」
「ゴーレムですって!? まさかと思ったけど――!」

 森田の言葉に大男――ゴーレムは即座に反応し、おキヌの方へ振り返る。左肩から小さな砲身が現れると、円筒形の弾が放物線を描いて発射された。
 それはおキヌの足元に着弾すると、強烈な音と光を放つ。

「きゃあっ!?」

 閃光弾――いわゆるスタングレネードの衝撃でおキヌは気を失い倒れてしまう。ネクロマンサーの笛は彼女の手を離れ、床をコロコロと転がっていった。

「おキヌちゃん! くっ……よくも!!」

 美神は床に散らばった荷物の中にあった霊体ボウガンを拾い、ゴーレムめがけて発射した。
 矢は照明の光をキラリと反射し、ゴーレムの左胸に深々と突き刺さった。そのショックでか、ゴーレムはピタリと動きを止める。

(効いた……?)

 美神の思わぬ反撃に、茂流田は変わらず黙って成り行きを見つめている。

「そっか、普通の攻撃なら効くのね」

 美神は急いで二本目の矢を装填し、ゴーレムに向けて構える。
 だが、その視線の先に映った物を見て美神は思わず目を見開いた。
 ゴーレムの動きが止まったのはわずか一瞬のことで、再び何もなかったかのように動き出す。胸に突き刺さった矢は少しずつ押し出され、カランと音を立てて床に落ち、胸に空いた穴はみるみるうちに塞がっていく。
 美神が一瞬戸惑ったスキを、ゴーレムは見逃さなかった。
 その巨大な拳にエネルギーが集中し、美神に鉄拳を振り下ろした。

「やば――ッ!?」

 美神は間一髪の所で神通棍でガードしたが、まるでオモチャのように軽々と吹き飛場されて壁に叩きつけられた。

「ゴホッ!」

 全身に走る激痛に耐え、口の端から鮮血を滴らせながらも美神は立ち上がろうとした。だが、たった一撃で体中がガタガタになり、指を動かす事さえ困難になっていた。

「ど……ういうこと……これ」
「言い忘れていたが、そのゴーレムの腕は対GS用の新兵器なのだ。君にはさぞ効いただろう? そろそろチェックメイトだな、美神令子」

 上から見下ろしながら、森田は愉快そうに、そして冷酷に呟いた。美神は森田を見上げ、そのサングラスに隠された顔を睨みつける。
 ――やはり間違いない。
 確信を持って、美神は言った。

「あんたはあの時……死んだはずよ森田……いえ、茂流田!」

 男はサングラスを外し、美神と視線を交わす。
 その素顔は、かつて確かに目の前で死んだはずの男、茂流田そのものであった。
 美神の言葉を受けて、茂流田はフッと笑う。

「彼は死んださ。あの時、ガルーダに首を跳ね飛ばされてな。まったく愚かな弟だ」
「弟……?」
「ああ、私とよく似てはいたが、出来の悪い奴でね。顕示欲と詰めの甘さを直せと何度も言ったのに、それで命を落としたのだからあきれるばかりだ」
「あの組織は私が壊滅させたはずよ。それなのになぜ」
「彼の残した資料と研究は極秘裏に私に受け継がれ、心霊兵器プロジェクトは新たな組織の元で進行している。末端の組織をひとつやふたつ潰した所で、兵器を欲しがる輩は消えはしないということさ。そのゴーレムは特別に対GS装備を施した最新型で、私の自信作だ。装甲の強化と軽量化を実現し小型化、霊力反射シールドを備え人間への変装も可能だ。気に入ってもらえたかな?」
「至れり尽くせりでたまんないわね」

 もはや打つ手がなく吐き捨てるように美神が呟いた瞬間、ゴーレムの腕が美神を捉える。
 そして、美神は茂流田によって霊力を奪われる首輪をはめられ、拘束された。

「さて」

 茂流田が指を鳴らすと、どこに隠れていたのか無数の武装した兵士達が姿を現した。

「このお嬢さん達を基地に連れて行け。手荒なマネはするなよ」

 兵士達はコクリと頷き、気を失ったおキヌを運んでいく。美神は茂流田の言葉の首を傾げ、言う。

「こんな兵器を生産して隠しておけるような場所なんて、このあたりにはなかったはずよ。事前に周辺地域をリサーチしたんだから間違いないわ」
「この日本は面白い国でね、後先考えずに作られて放棄された建造物が無数にあるんだよ。そういったものを、我々のような組織が有効に使わせてもらっているんだよ」

 その言葉に考え込んでいた美神は、リサーチの際に見た書類の中にあったある物を思い出した。

「放棄された……空港建設計画の候補地だったメガフロート!」

 メガフロートとは『超巨大浮体構造物』という意味の造語である。
 つまり、水上に浮体構造物を浮かべることで海の上に人工の『土地』を作り出そうということなのだ。環境への影響や土地不足を解決する技術として、今も研究が進められている。
 美神はそのメガフロートが怪しいと睨んだ。規模も申し分なく、一般人が近寄らず港が近い。基地としてはまずまずの条件が揃っている場所だ。
 美神の言葉にピクリと反応した茂流田は、再びサングラスをかけ直す。

「さあ、お喋りはここまでだ。それから兵士達、そこの箱に埋もれている少年に気をつけろ。何かしようとしているぞ」

 美神が目をやると、気を失ったフリをした横島が今まさに文珠を発動させんとしている所だった。

「あああっ、バレてた!?」
「動くな! 妙なマネをすると仲間が傷つくぞ。手に持っている物を捨て、ゆっくりと起きあがれ」
「せっかくこっから格好良く反撃を開始するところだったのにッ!」

 前後左右から銃口を向けられては、さすがの横島も動けない。
 悔しそうな表情を浮かべて文珠を手放すと、両手を上げたまま立ち上がった。横島の捨てた文珠はコロコロ転がり、美神の足元へ辿り着いて止まる。
 周りの連中は、まだそれに気付いていないらしい。

(これは使えるわ……!)

 美神は声には出さず、文珠の使い道を必死に考えを巡らせ始めた。
 その瞬間横島が、

「ちくしょー! こうなったらせめて最後に美神さんを俺の物にしてっ!」

 と叫び、一瞬のうちに衣類を脱ぎ捨てて美神にルパンダイヴをかましていた。

「毎度毎度、進歩ってものがないのかこのケダモノ!」
「ぶぺらっ!?」

 カウンターで美神の強烈な蹴りを食らった横島はそばにあったダストボックスに頭から突っ込み、ピクピクと痙攣をする始末。

「な、なかなかいい度胸をしているな彼は。男としてあまり褒められたものではないが、あの素早さは油断ならんな」

 兵士達はダストボックスから引きずり出した横島にもリングをはめ、ロープでスマキにして担いでゆく。

「それではご案内しようか。ついてきたまえ」

 茂流田は残った兵士に事後処理を任せ、美神を連れて倉庫を出て行く。しかし彼らは気付いていなかった。実は美神が横島と同時にこっそりと記憶をコピーした文珠を蹴飛ばし、ダストボックスに放り込んでいた事を。
 その行為が幸運にも今、ようやく実を結んだのである。
 そして最後に、美神の声でこんなメッセージが流された。

(誰かこの映像を見た人は、この記録をオカルトGメンの西条輝彦という人に報告してちょうだい……でないと一生恨むわよ)




 その映像に、子供達は言葉を失っていた。
 あろう事か美神達は謎の組織に拉致され、どことも知れぬ場所へと連れ去られてしまったのだから。そしてケイは、その一部始終を見て蒼白となっていた。

「どうしたんでちゅか、ものすごく顔色悪いでちゅよ?」

 いち早く彼の異変に気付いたパピリオが、心配そうに尋ねた。
 天竜童子も娑婆鬼も、ふとケイの方を振り返る。

「あ、あ……あいつらだ」
「えっ?」
「ボクの母ちゃんをさらったの、あの男なんだ!」
「何だと!?」

 その言葉にケイがコクリと頷くと、天竜童子はわなわなと体を震わせて拳を壁に叩き付けた。

「お前達、覚悟はよいな。連中の後を追うぞ!」

 いつになく真剣なその声に、パピリオとケイと娑婆鬼は思わず「えっ?」とハモってしまう。

『お待ちください天竜童子様。この現状で敵を追うのはリスクが高すぎます。いくら人間より強力な存在とはいえあなた方は子供。美神オーナーの言う通り、オカルトGメンに連絡を取って援軍を待った方が――』
「今この間にも、お前の主や横島やケイの母親はひどい目に遭わされておるかもしれんのだぞ。ならばすぐに動ける我々が、一刻も早く助けに行くべきであろう。違うかお前達」

 三人は一瞬キョトンとしていたが、すぐに気を取り直して力強く頷いた。

「へへ、人間の基地に殴り込みなんて滅多にねぇ話だ。乗ったべその話」
「連中のやり方はどーも気に入りまちぇん。もちろん私も手伝いまちゅよ」
「ボ……ボクも頑張るよ。みんなありがとう」

 ケイはぐしぐしと目をこすると、真っ直ぐな瞳で仲間達に手を差しだした。天竜童子、娑婆鬼、パピリオはその上に手を重ねて互いの決意を確かめ合った。

「安心せい人工幽霊よ。お前の主たちは必ず我々が救ってみせるぞ」

 助けを求めに来たはずが、逆に助けに行く事になった子供達。
 しかし彼らの瞳に、迷いや恐れはなかった。

『……ありがとう皆さん。あなた達の優しさと勇気に、深く感謝致します』

 体温など存在せぬ身である人工幽霊。
 そんな彼の心は今、不思議な――しかし心地よい感覚で満たされていくのを感じていた。

 倉庫を出た子供達は、すぐ外にあった小さな事務所のそばにいた。中に人はおらず、ドアがわずかに開いている。
 やがて音もなくドアが開くと、事務所の中からミニ四駆が出てきた。念のために人工幽霊がここの電話でオカルトGメンに連絡を入れていたのだ。

『それでは行きましょう。しかし皆さん、決して無理はしないでくださいね』

 人工幽霊の言葉に頷くと、子供達は確かな足取りで歩き始めた。
 しばらく真っ直ぐ進んだ後、ふとパピリオが口を開く。

「そういえば、ポチ達はどこに連れて行かれたんでちゅか?」

 呟かれたその言葉に、空気が凍ってしまった。

「えっと……」
「どこだっけ?」

 助けに行くと意気込んだはいいものの、子供達には彼らがどこへ行ったのかはサッパリわからなかった。

「じ、人工幽霊、おぬしなら今の映像で何か手がかりを掴んでいるであろう?」

 苦し紛れに天竜童子が尋ねると、人工幽霊のミニ四駆は前進しながら答えた。

『先ほどの会話の記録から情報を検索した結果、ここから五十キロほど離れた海沿いの場所に、建設計画が頓挫して放置された大規模なメガフロートの存在を確認しました。茂流田の基地もそこにある可能性が高いと思われます』
「さすがだな人工幽霊! さっそくそこへ向かうぞ!」
『陸路は封鎖されているはずですので、海から乗り込むことになりますね。ここから少し離れた停泊所に美神オーナー所有のクルーザーがありますから、救助後の事も考えてそれを使いましょう』




 子供達は倉庫街から港の方へと移動し、停泊所にやってきた。
 海に突き出した桟橋には大小様々なヨットやボートがいくつも波に揺られている。その中で、ひときわ大きく立派なクルーザーがあった。
 どうやらこれが、美神所有の船らしい。
 子供達は船に乗り込むと、物珍しそうに走り回っていた。
 特にケイは山育ちで船も海も初めての経験だったため、デッキの上をせわしなくウロウロしては海を見て大きな目をぱちくりさせていた。

『あまり走り回ると危ないですよ皆さん……ああっ、そんな所に登らないで!!そこは触らないで――』

 人工幽霊ははしゃぎ回る子供達を目の当たりにして、気が気ではなかった。
 そして発進の際、調子に乗った娑婆鬼が船を急発進させて防波堤にぶつかりそうになるなど、ちょっとしたハプニングを起こしながらも船はメガフロート目指して進み始めた。
 船の操縦は人工幽霊が担当し、特に問題もなく目的地に向けて航行していた。
 途中、少々退屈したパピリオがラジオのスイッチを入れると、まだ電波は届いているようで、やや時代を感じるがポップな雰囲気の音楽が流れ始めてきた。

『The Goonies 'R' Good Enough』

 八十年代にヒットした、映画の、シンディ・ローパーが歌う主題歌である。アメリカのとある田舎町に住む子供達が体験した、財宝を巡る大冒険の物語だった。
 人工幽霊がそれを知っていたのは、以前おキヌが事務所でその映画を見ていたのを記録していたからだ。彼女は映画や音楽を好み、しばしばビデオやCDなどをレンタルしてきてはそれらを事務所で鑑賞していた。人工幽霊はデータとして、それらの映像や音楽をつぶさに記録していたのである。
 子供達だけの冒険。
 まるで今の自分達とよく似ていると、メロディと共に人工幽霊は静かに過去の記録に思いを巡らせていた。
 自分は渋鯖博士に造られた存在であり、自然の摂理の輪から外れた場所に生まれた存在だという事は理解している。だが、渋鯖博士は私を息子として大事に扱ってくれた。
 そして彼がこの世を去る際に言った言葉を思い出す。

「血こそ分けてはおらんが、お前は確かに私の子供だった。お前という息子を持つ事ができて、私は幸せだったよ」

 当時、人工幽霊にはその言葉の意味を理解する事はできなかった。
 だが、四人の子供達を見ているうちに、ほんのわずかだがそれが理解できたような気がしていた。
 博士も、今の自分と同じような気持ちを感じていたのだろうか。

 やがてボートはメガフロートに到着し、上陸しようと船を近づけた。
 そこは人工物とは思えぬほどの広大な面積を誇り、道路や標識もきちんと整備されている。
 視界の先の方には大きな倉庫や空港になるはずだった建物がいくつもそびえ立ち、まさに要塞といった雰囲気だった。
 そしてちょうどメガフロートの中心部に当たる場所に、大きな建物と巨大な塔がそびえ立っていた。

「準備はよいか! 怪しい所は片っ端から調べてゆくぞ」
「おう、おめぇビビって逃げるんじゃねえぞ?」
「貴様こそ!」

 天竜童子と娑婆鬼はデッキの上に立ち、互いに悪態をつきながらも先を見つめている。
 その後ろで、ケイが少し不安そうに尋ねた。

「でも、悪い奴らが出てきたらどうするの?」
「人間にやられるほど私達はヤワじゃありまちぇんよ。こう見えても実力には自信があるから、信用しなちゃい」

 パピリオは力こぶを作る仕草をし、明るくウィンクしてみせた。
 ケイはその表情に元気付けられ、ぎゅっと口の端を結んで心を決めた。
 子供達はフロートに乗り込み、物陰に隠れながら中央の大きな建物を目指して歩く。その時ふと、人工幽霊のミニ四駆が一行を呼び止めた。

『皆さん、そこで止まってください』
「どうしたのだ?」
『目には見えませんが、正面に強力な結界が展開されています。これは中級クラスの魔族ですら破壊が困難な耐久力を有しています。これでは先に進めない』

 人工幽霊の言葉にケイと娑婆鬼は戸惑っていたが、天竜童子はフフンと懐に手を入れた。

「何じゃ、そんな事なら心配は無用じゃ。ここに天界からくすねてきた最強の結界破りがあるからのう。この程度の結界など――」

 結界破りをかざすと、空間が激しく放電し、エネルギーの壁に穴が開いた。

「こんなものがある所を見ると、ここが悪党どものアジトに間違いなさそうじゃな。さあ、行くぞ」

 一足先に足を踏み入れた天竜童子に続いて、残りのメンバーも結界の中へと進み、中央の建物を目指した。




 美神、横島、おキヌの三人は手術台に拘束され、身動きひとつ取れない状態であった。この数日間様々な検査をされ、とうとう今日は死なないギリギリまで血液を抜くというのだ。
 みな必死にもがいていたが、霊力を封じられた上に拘束されてはわめくしかできず、そこへ鎮静剤を打たれて意識がもうろうとなっていった。
 離れた所にはシロとタマモも同じように台に乗せられ、腕には採血用のチューブが繋がれて少しづつ血液を抜かれている。

「ちょっとあんた達、血なんか抜いて何をするつもりなの?」

 美神はボンヤリする意識を気力で持たせ、首だけを持ち上げて呟く。
 その部屋には白衣を着たスタッフに混じって茂流田の姿もあった。
 相変わらずサングラスをかけたまま美神に近付き、フッと彼は笑う。

「優秀な霊能者の血液というのは、呪術的に非常に価値があるのは君も知っているだろう。それに、君たちの血が新たな可能性を開く鍵となるかもしれんしな」
「可能性ですって?」
「先の獣人を憶えているな? あれは妖怪と、人間の細胞を掛け合わせて生み出したものだ。その際に使用する細胞が優秀であればあるほど、生まれる存在は強力な力を得ることができるのだ」
「だからシロを狙ったのね……」
「君や人狼の細胞からはどんな優秀な妖怪が生まれるのか……想像しただけでもゾクゾクするよ」
「いい趣味してるわね……でも、その慢心からあんたの弟は命を落としたわ。強い力を持って生まれた魔物が、人間に素直に従うとでも思ってるの!?」
「弟のガルーダは強力な兵器だったが、制御する技術が不安定だった。だから弟は死んだ……それだけの事だ」

 茂流田はあくまで冷淡に、抑揚のない声で弟の死を蔑む。
 そこに、悼むという感情を感じ取る事はできなかった。

「制御できぬ力に価値などない。だからこそ、私はあえて魔獣に人間の細胞を掛け合わせているのだ。そうして生み出された獣人はいわば我々の子供。そして子は親を慕うもの。親子の絆というのは、下手な呪縛よりも遙かに強固なのだよ。わかるかね?」
「その口から絆なんて言葉を聞くとは思わなかったわ」
「君や仲間の細胞から生まれた獣人は私が愛情を持って育ててやろう。君は骨から髪の毛一本にいたるまで我々の役に立ちそうだ。今はせいぜい血液を生産してくれたまえ」
「大したサイコ野郎ね、あんたは!」
「フッ、褒め言葉としてもらっておこう……後は任せたぞスタッフ達」

 会話が終わりかけたその時、基地の中に警報が鳴り響いた。
 兵士達は慌ただしく行き来し、それぞれの持ち場へ就いている。
 茂流田は壁の電話を取り、司令室に連絡を入れた。

「……私だ。何があった……そうか、映像を回せ」

 茂流田が壁のパネルを操作すると、そばの壁の一部が裏返ってディスプレイが現れた。そこには、真っ直ぐ基地に向かって進んでいる天竜童子ら子供達の姿が映し出されていた。

(天竜童子とパピリオじゃないの! それに見覚えがある子もいるわね……何でこんな所に来たのか分からないけど、チャンスかも!)

 美神はその映像に声を出してしまいそうになりながら、じっと画面に神経を傾けた。

「ほう、この前取り逃がした化け猫の少年ではないか。仲間を連れて母親を救いに来たとは涙ぐましいものだな。司令室、分析結果を表示しろ」

 茂流田の指示の直後、画面には様々な数値やグラフが現れ、それを見ていた茂流田は突然体をを大きく震わせて笑い始めた。

「何という幸運だ! 龍神に蝶の化身、化け猫に鬼……しかも全員子供ときた! こんなレアモノが一度に拝めるなど、人生で一度あるかどうかだぞ……いいか、その子供達を傷つけるんじゃないぞ! 基地の中心部まで誘い込み、アレを使って捕獲する!」

 茂流田は受話器を壁に戻し、ハァハァと肩で息をしながら振り返る。

「私は最高にツイてる。そうだろう美神令子。かつてポ○モンブリーダーを本気で目指した私にとってこれ以上の幸せはないぞっ! 待っていろレアモノ達ッ!」

 鼻を膨らませて茂流田は部屋を飛び出していってしまう。
 その様子を見て、美神達はただ呆然とするしかなかった。

(クールな鉄面皮だと思ってたけど、茂流田ってひょっとして……)

 全員が同じ事を考えたが、あえて口にする者は誰もいなかった。
前へ | 次へ | 一覧へ戻る
Copyright (c) 2008 All rights reserved.