パイレーツ・オブ・チルドレン(1)

「あれは私のものでちゅ」
「そんなバカなこと認められるわけないでしょ」

 照りつける日差し。そびえ立つ入道雲。青い海と白い砂浜。海岸には水着姿の人々が闊歩し、夏本番であることを物語る。その片隅で、フリフリの可愛らしい水着を着たパピリオと、ビキニ姿のタマモが睨み合っていた。

「う〜み〜でござるっ! 先生、うみでござるよっ!」
「くくく、苦しいッ! シロ、ひ、ひも、紐がッ! 浮き輪の紐ッ!」
「さあ、どっからでもかかって来るでござる、稲○ジェーン!」
「だから紐……やめ、ガボガボッ!?」

 その後ろを走り抜ける陽気な表情のシロと、浮き輪の紐が喉に引っ掛かったまま海へと引きずられる横島忠夫の姿もある。

「ポチ……横島は私のペットだったんでちゅよ。だから、私のものでちゅ」
「そんなジャイアンみたいな言い訳が通じるわけないでしょ。前に何があったか知らないけど、私達と一緒にここへ来たんだから」
「どうしても引かないつもりでちゅか」
「そっちこそいい加減に聞き分けたらどう?」

 パピリオとタマモ、一見珍しい組み合わせの二人が激しく火花を散らす。

「来た来た、今日一番のびっぐうぇいぶでござるなっ!」
「ああああああああああ!?」

 大きな波に持ち上げられてゴキゲンなシロと、涙目な横島。砂浜に打ち付けられてもみくちゃになったあと、シロは再び海へ突撃し、横島は砂に顔面を埋めたままピクリともしなくなっていた。が、パピリオもタマモもそんな様子には目もくれていない。

「あれは私が乗るんでちゅ!」
「私が乗るのよ!」

 一触即発な二人の視線の先には、横島が持ってきたシャチの大きな浮き袋が置いてあるのだった。






 〜パイレーツ・オブ・ちるどれん!〜






 時間はさかのぼって数日前。妙神山では天竜童子とパピリオがとある映画に熱中していた。

「今日のこの日を忘れるな、ジャック・スワロウ船長を捕り逃がした――!」

 海賊船の縄ばしごにぶら下がる海賊は、どばっと押し寄せた高波を浴びてセリフを詰まらせた。奇抜な服装の彼を追うのは、海の生き物と人間が混じり合ったようなお化けの海賊たちである。
 全世界で大ヒットした海賊映画『パイレーツ・オブ・トレビアン』。
 主人公のキャプテン・ジャック・スワロウは黒塗りの海賊船に乗り、海を縦横に駆け巡って『海神の至宝』と呼ばれる財宝を探す大冒険を繰り広げるのである。

「のう、パピリオ。何かが間違っていると思わんか」
「うん、間違ってまちゅ」
「もうすっかり夏じゃ。世間ではこんなにも太陽がいっぱいなのに――」

 修行場の一角に置いてある、ビニール製の丸い子供用プール。そこに入って顔を突き合わせながら、天竜童子とパピリオは同時に叫んだ。

「こんな子供だましで満足できるかぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーッ!」

 二人はざばっ、と水を跳ね飛ばして立ち上がると「やるでちゅか!」「ああ!」とアイコンタクトだけで打ち合わせを終え、ミッションを開始する。

「うーーーーみーーーー!」
「うーーーーみーーーー!」

 寸分違わぬ姿勢で床に転がり、じたばたと駄々をこねる二人。その傍らでは小竜姫と、ジークが困った顔で二人を見下ろしていた。

「まったく……気軽に下界へ降りたいなどと言われては困ります殿下」
「神族の中でも実力のある竜神王の世継ぎが、修行と称してこんな場所に缶詰されていて良いはずがあるまい! VIPにはそれなりの夏の過ごし方ってものがあろうに!」
「そうでちゅそうでちゅ! 小竜姫はもっと柔軟な発想を持つべきでちゅ!」
「こらこら、パピリオも聞き分けないか。小竜姫はお前たちを預かる責任があるんだ」
「ぶー、そんな大人の意見は嫌いでちゅ。大体、神族と魔族の争いも沈静化して大した危険は無くなったはずでちゅよ?」
「ジークの言うように、私はあなた達の保護責任がありますし、人間でごった返す海へ連れて行くなど許可できません」

 小竜姫はきっぱりと言い放ち、子供二人の意見を突っぱねる。ところが、パピリオの放った一言が状況を一転させることになる。

「さては怖いんでちゅね?」
「はい?」
「小竜姫は他人に水着姿を見られるのが怖いんでちゅ!」

 ビシッ! と小竜姫を指し、パピリオは言う。

「海に行けば当然水着になりまちゅ。小竜姫はペチャパイで性的魅力に欠けるから、水着姿になって他人と比べられるのが我慢できないんじゃないでちゅか?」
「なっ……!?」
「まーさかそんなこと無いと思いまちゅけどぉー。まさか怖い物無しの小竜姫に限ってぇー、そんなことありまちぇんよねー?」

 あからさまに挑発するパピリオに、小竜姫のボルテージも増加していく。

「ば……バカにしないでくださいっ!」
「えー、別にバカになんかしてまちぇんよ?」
「わ、私は……」
「私は?」
「私は脱いでも凄いんですッ!」

 力一杯叫ぶ小竜姫の後ろで、ジークはコケていた。パピリオはぺろりと舌を出し、上手く行ったと天竜童子にウィンクする。天竜童子も親指を立て、良くやったぞと頷いた。
 パピリオはさらに畳み掛けてダメ押しに入る。

「へーえ、すごい自信でちゅ。でも、口で言うだけじゃー信用できないでちゅね」
「では、どうすれば信用してくれますか?」
「そうでちゅねー。ベスパちゃんと浜辺で並ぶ度胸があったら認めまちゅ」
「ベスパですか……相手にとって不足はありません」
「ベスパちゃんのぼいんは凶悪でちゅよー? それでもやる気でちゅか?」
「ふっ、モビルスーツの性能差が絶対的戦力差でないことを教えてあげましょうッ!」

 小竜姫は完全に戦闘モードに突入し、瞳がメラメラと燃えている。天竜童子とパピリオはハイタッチで喜びを分かち合い、ジークは開いた口が塞がらなかった。



 こうして海へと出かけることになった妙神山ご一行様は、辿り着いた先でとある連中と出会うことになる。それが、美神除霊事務所のメンバーだったというわけだ。
 ここで会ったのも何かの縁と言うことで、妙神山一行と美神除霊事務所一行は合同で海を楽しむこととなった。
 横島と久々の再会で喜ぶパピリオだったが、彼が持っていた大きなシャチの浮き袋を巡って思わぬ伏兵が現れた。
 タマモは、その浮き袋は最初から自分が使う予定だったと強く主張する。
 パピリオは、かつて横島の飼い主だったというジャイアニズム的主張を繰り返す。

「いい加減あきらめたらどうなの……よッ!」
「そ、それは……んぎぎ、こっちのセリフでちゅ!」

 仲良く共有するという平和的解決策を見いだせなかった二人は、力ずくで奪い合うという結論に達したというわけだ。
 横島はシロに引きずられては波にもまれ、最大の楽しみであったナンパ、さらに思わぬ偶然で合流した小竜姫たちの水着姿を堪能することが出来ずに嘆いていた。
 すっかり間抜けな状況ではあるが、美神除霊事務所のメンバーは遊ぶためだけに海へ来たわけではなかった。離れたところからそれを見ているのは、美神令子とおキヌの二人。パラソルの下で照りつける日光を避けながら、彼らの様子を眺めていた。

「いくら昼間は自由だからって、はしゃぎ過ぎなのよまったく」
「シロちゃんもタマモちゃんも凄く楽しみにしてましたし、ちょっとくらいはいいじゃないですか」
「ちょっとどころか全力で遊んでるでしょーが」

 ビーチチェアに寝そべったまま、令子は言う。苦笑するおキヌに、令子はさらに続けた。

「この海域に出るタチの悪い悪霊を退治するのが本当の目的なんだから」

 そう、美神除霊事務所の面子がこの海水浴場に来たのは遊ぶためではなく、仕事の依頼が入ったためであった。ここ最近になって沖合に強力な悪霊が出現するようになり、遭遇した船が何隻も転覆しているという。依頼を受け、現場に到着した美神除霊事務所チームであったが、そこで思いもよらない出会いが待っていた。

「――なのに、こんな所に小竜姫様たちが遊びに来てるなんて」

 自分達の隣でパラソルを立ててくつろいでいるのは、水着姿の小竜姫と人間に変身したジークフリード、さらにアロハシャツを着た斉天大聖老師までいる。彼らは天竜童子とパピリオの泣き落としに負け、お忍びで海水浴にやってきたということだが、とにかく緊張感のない神様たちだと令子は思った。
 天竜童子はシロに負けまいと、同じように波に挑んではもみくちゃにされるのを繰り返している。

「でも、にぎやかで楽しいですよ。うふふ」

 おキヌは笑顔でそう言うが、神族のVIPや魔族と一緒に過ごして何か不祥事があれば、偶然出会った自分にも責任を押しつけられてしまうのは目に見えている。令子は大きくため息をつくと、疲れた表情で青い海を見つめていた。



 その頃、遠く離れた海岸線の向こうから小さな人影が二つ近づいていた。浅黒い肌をした少年と、水晶のように透き通った大きな瞳の少年である。黒い肌の少年は立ち止まり、古ぼけた紙を眺めてから海水浴場のさらに向こうにある岩場を指す。大きな瞳の少年がコクリと頷くと、二人は再び歩き出した。やがて人の集まる海水浴場を通りがかった二人は、そこで遊ぶ人々を見て足を止めた。

「ん? あいつらこんなとこで何してるんだべ」
「あっ、兄ちゃんだ!」

 二人は手を振りながら海辺で遊ぶ知り合いたちの方へ駆け出した。近づいてみると、横島は砂浜で白い髪の少女に引きずられているところだった。

「だああっ、いい加減にしてくれ! どんだけ引っ張れば気が済むんだシロ! 俺はビーチで大事な、何としても目に焼き付けておかねばならんモノが――って、お?」
「にいちゃーん!」
「お前、ケイか? 珍しいなあ、こんな所で会うなんて。母ちゃんは元気にしてるのか」
「うんっ!」
「そっちは……娑婆鬼じゃないか。二人揃ってどうしたんだ」
「むふふ、実はな」

 浅黒い肌の少年――娑婆鬼は、得意気に笑みを浮かべると、ポケットから黄ばんだ紙を取り出して見せた。

「オラん家の物置でこれが見つかったんだべ」
「む、これは地図でござるな。ずいぶん古い物みたいでござるけど」

 横島の傍らから身を乗り出して、シロが言った。

「で、コレがどうしたんだ?」
「聞いて驚け! これは大昔の海賊、その名も『邪悪燕』が残した宝の地図なんだべ!」
「はあ、何かと思えば」

 聞いて損したと言わんばかりに横島はため息をつく。娑婆鬼はカチンと来た様子で横島を睨むが、シロは鼻をヒクヒクさせて地図から何かを嗅ぎ取った。

「先生、これは本物でござるよ。何を隠してるかは分からないけど、地図から強い念を感じるでござる」
「マ、マジか!?」
「だからオラはケイを誘って、その宝を探しに来たんだべ」

 えっへんと胸を張る娑婆鬼の後ろから、眼を輝かせたケイが出てきた。

「ねえ兄ちゃん、僕たちと一緒に宝探ししようよ!」
「いや、実はな……」

 付き合ってやりたいのは山々だが、横島はただ遊びに来ているわけではない。どう答えたものかと言葉を詰まらせていると、少し離れたところで遊んでいた天竜童子とパピリオ、そしてタマモがこっちに気付いて走ってきた。

「おお、娑婆鬼にケイではないか! 久しぶりじゃのう」
「奇遇でちゅねー。でもあんたたち、こんな所で何してるんでちゅか?」

 天竜童子とパピリオは、久しぶりに『仲間』と再会して色々と話し込み始めるのだった。

「……っていうか誰だっけ、こいつら」

 やいのやいのと騒ぐ子供四人組を尻目に、タマモが横島に尋ねる。

「憶えてないのかよ。ま、説明すると長くなるんだけどな」

 天竜童子、パピリオ、ケイ、娑婆鬼の四人は過去のある事件で知り合い、共に力を合わせて美神除霊事務所の大ピンチを救う活躍をしたことがあった。タマモも彼らの活躍で救われた形になるのだが、その時は狭い場所に閉じこめられていて事件の顛末をほとんど知らない。
 子供同士ウマが合う四人はその後も幾度か交流を重ね、今では四人集まって遊ぶのが当たり前になるほど仲良しになっていたというわけである。

「ほほう、宝探しとは面白そうじゃな。なぜ余も誘わんのじゃ、お前たち」
「誘いに行ったけんども、留守だったんでな。仕方ねぇからオラたち二人だけでしてたんだべ」
「そういえばケイ、あんたちょっと背が伸びたんじゃないでちゅか?」
「えへへ、ありがと。そうだ、パピリオも宝探しやる?」
「そうでちゅね、水遊びだけっていうのも少し飽きてきまちたし」

 四人組は思わぬ出会いに興奮し、わいわいと騒いでいる。その様子を見て、タマモは過去の事件でこんな光景を見たことを思い出した。

「ああ、そういえば……こんな風に騒いでた連中がいたよーな」
「ちょっとクセはあるが可愛い連中さ。お前も仲良くしてやってくれよ」
「それは構わないけど、いつかあの小娘とは決着を付けるわ」

 メラメラと燃えるタマモの視線の先にはパピリオと、さらに向こうに激しい奪い合いの末、無惨に破れたシャチの浮き袋が悲しい表情で砂浜に横たわっていた。

「よし、それでは宝探しに出発するぞ横島!」
「え?」

 天竜童子の言葉に、横島は間抜けな返事をした。

「なんじゃ、行かんのか? 心配せんでも宝は山分けじゃぞ」
「くっ、何て魅力的な響きだ……!」

 財宝、そして山分けという言葉に横島の心がグラリと揺れる。確かに除霊の仕事は大事であるが、見習いの自分はいくら頑張ったところで稼ぎなどたかが知れている。それよりは宝探しに協力して、夢と浪漫を探求してみるのも悪くない。地図の出所も財宝を多く所有してる娑婆鬼の家からだというし、信憑性は高いはずだと横島は即座に計算した。

(宝が見つからなくても、暗くなる前に戻れば怒られないよな)

 仮に後で怒られたとしても、天竜童子たちから目を離せなかったと言えば面目も立つ。

「よし、いっちょ宝探しに繰り出してみるか! シロとタマモはどうする?」
「宝探しも面白そうでござるな!」
「一人でここに残ってもつまんないし、私も付き合うわ」
「フフフ、待ってろよ漢のロマンと財宝ちゃん!」

 横島がチラッと目をやると、令子は小竜姫らと何やら話し込んでいる。彼女に宝探しなどと言えるわけはないので、バレないようにここを離れるなら今しかない。意を決し、横島は子供四人とシロ、タマモを連れてそそくさと人混みの向こうを目指した。

「なにしてるんですか横島さん?」
「どわああああっ!?」

 令子たちから遠く離れてひと安心していた横島は、急に背後から話しかけられて飛び上がった。慌てて振り返ると、それはビニール袋をぶら下げたおキヌであった。近くの売店で買い出しでもしていたのだろう。
 ちなみに、彼女は淡い赤のホルダーブラビキニに同色のパレオを合わせたもので、控えめながら健康的な魅力を放っている。

「お、おキヌちゃんか……心臓が裏返るかと思ったよ」
「みんなでどこかへ行くんですか?」
「あ、いや、まあ」

 視線を泳がせる横島の脇から、娑婆鬼がしゃしゃり出て、言った。

「オラたちは宝探しに行くんだべ」
「宝探し?」
「ほれ、地図もあるべ」

 自慢げに地図を見せる娑婆鬼に、横島は手で顔を覆って嘆息する。

「これはなんつーか、こいつらにせがまれて仕方なく付き合ってるというか。決して除霊のことを忘れてるんじゃなくて……わは、わははは!」

 苦し紛れに言い訳をしてみたのだが、おキヌは地図を見ながら意外な言葉を口にした。

「これ、あっちの岩場の方に行くんですよね。よかったら、私も仲間に入れてもらえますか?」

 てっきり怒られると思っていたので、横島は少し拍子抜けた表情でおキヌを見た。彼女はいつも通りの柔和な表情をしており、特に変わった様子はない。というか、いつも通りすぎる事が少々心に引っ掛かる。
 仕事に差し支えが出るかも知れない冒険に、おキヌのように真面目な性格の娘が進んで参加するものだろうか? 仮に興味があったとしても、仕事と好奇心を天秤にかけて大小なりとも悩むはずだし、彼女ならば尚更だ。けれど、おキヌはほとんど間を置かず、宝探しに参加したいと言った。
 横島は知恵を絞って考えてみたが結局、納得のいく結論など出てくるはずもなかった。
 ともあれ、ここで断って令子に宝の話が伝わるのはまずい。

「も、もちろん構わないさ」
「わあい、ありがとうございます。なんだか楽しそうですね」

 横島が快く首を縦に振ると、おキヌは嬉しそうに仲間に加わった。

「宝探しは老若男女を問わず、永遠の浪漫だからな。みんなも構わないよな?」
「うむ、人手は多い方が良いからのう。余はお前の仲間入りを認めるぞ」

 どこから出したのか、扇子をパタパタと仰いで天竜童子は高笑い。
 こうして、横島含む八名は古の海賊が残したという宝探しに挑むこととなった。



 双子の岩から、日が沈む方向へ四十歩。そこから沖に向かって三十歩。そこから振り返ってそびえ立つ崖を見てみると、地図に示してある目印の岩が見えた。一行がそこに近づいて岩をどかしてみると、暗く深い洞窟がぽっかりと口を開けていた。

「おおー、何か雰囲気あるじゃねーか。こりゃあお宝も期待できそうだな」
「なんだかわくわくしますね、横島さん」

 一行はそれぞれ期待に胸を膨らませつつ、洞窟へと足を踏み入れる。
 これが後の大きな事件の発端になろうとは、このとき誰が予想できたであろうか――

「だああああああっ!?」
「きゃーーーーっ!?」
「何でこんな罠があるんでちゅかーッ!」
「僕知ってるよ! インディ○ナ・ジョーンズって映画にもこういう場面があった!」
「喜んどる場合かッ! 余はこんな所でスルメのようになるのはゴメンじゃ!」
「ねえシロ、なんで私達こんな所で必死こいて走ってるのかしら」
「そんなの拙者に聞くなぁぁぁぁぁ!」

 洞窟の中は奇妙な仕掛けだらけで登ったり降りたりを繰り返し、一行はさんざんな目に遭っていた。今彼らがいる場所は下り坂の通路になっていて、丸い岩が押し潰そうと転がってきていた。全力疾走で走り続けていると、突然道が途切れた。

「……え?」

 八人全員が見事にハモり、足元を見る。そう、道が途切れて無くなっているのである。真下は大きな空洞が広がり、海水で満ちていた。

「ああああぁぁぁぁぁぁ――!?」

 ドップラー効果を存分に発揮しながら、次々と落ちていく八人。水面に浮かび上がってきたとき、彼らはある物を見て思わず息を飲む。
 黒塗りの、立派な帆船が空洞の中で静かに浮かんでいた。

「ふ、船だ……」
「すげー、本物の海賊船だ! 宝物とかいっぱいあるかな!?」
「こら、抜け駆けは許しまちぇんよ!」
「ホラ見ろ、オラの言った通りだったべ」

 子供たち四人は眼を輝かせ、バシャバシャと泳いで船へと向かっていく。おキヌやシロ、タマモも船に向かって泳いでいくが、横島は船を見つめながらポツリと呟いた。

「あれ、どう見ても日本の船じゃないよなあ」

 さりとて、そんなことも目の前の興奮には霞んでしまう。横島も急いで仲間の後に続いた。
 降ろされた縄ばしごをよじ登って甲板にたどり着くと、それぞれ手分けして船の中を探索することにした。船は大きく立派な作りをしており、立派な三本のマストがそびえ立っている。あちこち痛んではいるものの、修繕すれば再び動き出しそうなほど保存状態は良かった。

「ぷぷぷ、宝を見つけたら何に使うかなー。まずは腹一杯メシを食って、それからパンツを全部新しいのに変えて――部屋にエアコンも付けられるじゃねーか!?」

 貧乏生活が長いせいか、横島の思考回路ではスケールが小さく物悲しい使い道しか思い浮かばなかった。そんなことを考えつつ宝物を探し続けていた横島だったが、船のどこを探してもそれらしい物は見あたらない。砂を噛むような思いで甲板に戻ってみると、他の仲間もやはり何も見つけられなかったと言って肩を落としていた。一番送れて戻ってきたのはおキヌだったが、やはり財宝らしい物を見つけた様子はない。ところが、彼女はその手に一つだけ奇妙な物を携えていた。

「なんだいそれ?」
「船長さんのお部屋みたいなのを見つけたんですけど、そこにあったんです」

 それは手のひらに乗るほどの小さな箱のような物だった。八角形の縁には金の細工が施してあり、何か価値がありそうな物であることはひと目で分かった。
 箱には蓋のような物がついており、おキヌはそれを開けてみた。中には目盛りと矢印の付いた文字盤があり、クルクルと動いている。

「これって……ほういじしゃく、ですか?」
「みたいだなあ。あーあ、他の宝物は誰かが先に持っていっちまったのかなー」

 がっくりと肩を落とす横島を、パピリオがツンツンとつついた。

「これ、ただのコンパスじゃあないでちゅよ」
「なんだって?」
「詳しいことはわかりまちぇんけど、人間が作ったもんじゃないでちゅね」
「おいおい、大丈夫かよ。何かヘンな呪いとかかかってないだろうな」
「邪悪な気配は無いから大丈夫だと思いまちゅよ。ただ……」
「ただ?」
「何のために使うのかはわかりまちぇん」
「ま、そりゃそうだ」

 結局、これ以外に戦利品は無さそうである。肩すかしを食らったものの、あまり時間がかからなかったことは幸いだったと思えばいい。そう自分に言い聞かせ、横島は宝探しを終えようとした。その時――

 ドォンッ!

 突然、空洞に轟音と衝撃が走った。壁が崩れ落ち、海面が激しく波打つ。

 ドォン! ドォン!

 さらに轟音は鳴り響き、空洞の壁が次々と吹き飛んでは崩れ落ちていく。

「な、なんだぁ!?」

 甲板に伏せていた横島が顔を上げると、船の正面に位置する壁が見事に崩れて無くなり、青い海と水平線が広がっていた。

「か、海賊船だべ!?」

 外の海を指し、娑婆鬼が叫ぶ。

亡者の顔に見える模様が浮かび、いたる所にフジツボや海藻がびっしりとこびり付いて、この世の者とは思えないほど禍々しい外観をした船


 指差したその先には、こちらに大砲を向けた不気味な海賊船が浮かんでいた。船体には亡者の顔に見える模様が無数に浮かび、いたる所にフジツボや海藻がびっしりとこびり付いて、実に禍々しい外観をしている。甲板には無数の乗組員がじっとこちらを見つめており、その一人と横島は目が合ってしまう。

「うわ、何だあいつら」

 彼らは人間ではなく、海老、蟹、巻き貝、鮫――様々な海の生き物の外観が混じった、恐ろしい怪物どもだった。

「何かやばいぞ。みんな逃げ――」

 慌てて海へ飛び込もうとした横島だったが、振り返った瞬間、目の前に怪物が立ちはだかっているのを見て凍りついた。それは一瞬の出来事で、身を守る準備すら出来ていなかった。

「ど、どうなってるんだ!?」

 気付けば周囲を取り囲まれていた。文珠を使って突破することも考えたが、場所が狭すぎて仲間を巻き込んでしまうし、囲みを抜けたところで周囲は洞窟と海。逃げ場はなかった。不気味な怪物たちはサーベルを手にこちらを威嚇し、指一本さえ動かせそうもない。子供たちや腕に憶えがあるシロも、突如として現れたグロテスクな連中に戸惑っている様子だった。そのまま固まっていると、人垣の一部がサッと開いて、甲板をきしませる重い足音が近づいてきた。

「運命って奴は残酷だ。さんざんその気にさせておきながら、こちらが望むときには微笑んですらくれない。そして、忘れかけた頃に向こうから近づいてくるのだ。まるで気むずかしい女のようにな」

 ヌメッとした皮膚で覆われた顔には、髭のように顎から伸びた無数の触手が蠢いている。ずぶ濡れのコートにフジツボのへばり付いた三角帽を身に着け、左手は蟹の鋏であり、ひと目で怪物共のボス――つまりは海賊船の船長――と分かる出で立ちをしたそれは、ひときわ強い妖気を放つ、タコの頭を持つ怪物だった。どこからかカモメが一羽飛来すると、彼の肩に留まって毛づくろいをする。
 横島はかつて対決したことがある魔族の魔導師を思い出したが、よく見ればまったく別人(?)である。パイプを吹かしながら横島たちの顔をそれぞれ覗き込んでいく。

「も、もしかして最近この辺で暴れ回ってる悪霊ってのはてめーか?」

 横島が声を張り上げると、タコ頭の船長は生臭い息が吹きかかるほど近づいて睨む。

「全ての海を支配する海賊、深海の悪霊テンタクル・ジョーンズだ。口の利き方に気をつけろ小僧」
「色々まんまじゃねーかよお前」
「やかましい!」

 横島がジト目ですかさずツッコミを入れていると、突然おキヌが「あっ!?」と驚きの声を上げてわなわなと震えだした。

「こ、この人……」
「ど、どうしたんだおキヌちゃん? 何か知ってるのか?」

 おキヌの目は見開き、唇は小刻みに震えている。見てはならないものを見てしまったように蒼白となりながら、タコ頭の怪物――テンタクル・ジョーンズを指さし彼女は言った。

「これって著○権とかだいじょうぶなんですかっ!? 私たち、夢の国から来た黒い服の人にさらわれて、秘密の地下施設に連れて行かれちゃうんですかっ!? セキルバーグって人がそう言ってたんですけどっ!」

 その場にいた全員がコケた。

「ハローバイバイの言うことなんか信用すなっ!」

 胡散臭い都市伝説を語るサングラスの男を脳内で殴りつつ、横島は盛大に突っ込んでおいた。

「この物語はフィクションであり、登場するメディアや人物、団体名などは現実の物と一切関係ありません」

 振り返ると、テンタクル・ジョーンズは虚ろな目をして機械的にそう繰り返し呟いていた。

「ちょ、お前」
「……はっ、俺は何を喋っていたのだ?」
「わかった、わかったから話を先に進めようぜ」

 特大のため息をつき、横島はガックリと肩を落とす。
 テンタクル・ジョーンズはゴホンと咳払いをし、尊大な態度で横島たちを睨みつけた。

「お前たちがどこの誰かは知らんが、俺の捜し物を見つけてくれたことには礼を言っておく」

 そう言って、テンタクル・ジョーンズはおキヌの腕を素早く掴み上げ、その手にあったコンパスを奪い取った。

「きゃあっ!?」
「何しやがる!」

 咄嗟に横島とシロ、タマモがおキヌを助けようとしたが、すんでの所でピタリと足が止まってしまった。いや、止められたのだ。テンタクル・ジョーンズの髭にも見える無数の触手が一瞬にして三人に絡み付き、手足や首を締め付けて動きを封じていたのである。

「見た目の割に場慣れしているな。だが、海の上で我々に逆らおうなどと考えん事だ」

 油断などしていなかった。にもかかわらず、死角から伸びてきた触手の動きがまったく見えず、反応すら出来なかった。三人は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。

「強がり言ってられるのも今のうちだバーロー!」

 横島は文珠を一つ手のひらに作り出し、指先で弾いてテンタクル・ジョーンズの足元に転がす。珠に【凍】の文字が浮かび上がった刹那、強烈な冷気が吹きだして辺りを覆った。白い冷気の煙が晴れた時、そこにはタコ頭の氷像が作り上げられていた。

「へっ、ざまーみろ! 後ででかい冷凍庫に詰めて南極送りにしてやらあ! わーははは――」

 勝利を確信して高笑いの横島だったが、今度は自分の笑顔が凍りつく番だった。氷像となったはずのテンタクル・ジョーンズは、体を小刻みに振動させて氷を振り払い、何事もなかったように復活し、ほくそ笑む。

「んー、面白い技を使う小僧だ。しかし残念だったな」
「なっ――!?」

 これには横島のみならず、子供たちやシロ、タマモも驚愕した。

「俺は不死身だ。切ろうが突こうが凍らせようが、誰も俺を殺すことはできん」

 空いている触手で肩に付いた霜を振り払うと、冷気を避けて飛んでいたカモメが再びそこに留まる。テンタクル・ジョーンズは不敵に笑い、横島の手首を骨がきしむほど絞り上げ、背筋が凍るような妖気を送り込んできた。

「ぐあああっ!?」

 直後、自分の意志とは無関係にストックしておいた文珠がボロボロとこぼれ落ち、テンタクル・ジョーンズはそれを足で払い飛ばしてしまった。文珠は甲板の上を転がり、格子の隙間から下のフロアへ全て落ちていった。

「これで小賢しい技も打ち止めだな」
「横島さん!」

 おキヌが横島の元へ駆け寄ろうとしたが、触手が素早く絡み付いてそれを阻む。

「やっ、気持ち悪い……離して、離してください!」
「ほう」

 テンタクル・ジョーンズは触手に絡め取ったおキヌを品定めするようにまじまじと見つめる。

「おキヌちゃんに何をするでござるか! 離せこのタコ野郎!」
「吸盤が貼り付いて取れないっ。何て力なの……ッ!」

 シロやタマモも抵抗を試みていたが、触手の驚異的な力は人狼や妖狐の二人をいとも簡単に押さえ込んでいた。
 さらに、無数の触手がもがく彼女たちにまとわりついて自由を奪っていく。

「や、やだっ!? そんなに巻き付いてこないでっ」
「くっ、このっ! わあっ、どこ触ってるでござるかエッチ!」
「はあ、はあ……ぬるぬるして、最低――」

 横島もやめろと言いかけたのだが、ウネウネと動く触手に絡まれて悶えるおキヌやシロ、タマモの姿につい前屈みに。これが若さゆえの過ちかと心で気取ってみたものの、気取られると色々大事なもの(主に人間関係とか人としての尊厳とかアレとかナニとか)が崩壊してしまうので、苦しそうな表情をして誤魔化しておいた。

「気に入った。この人間の娘は戦利品として頂いていくとしよう」
「ほ、他の連中はどうするんで?」

 近くにいたヒトデ頭の怪物が尋ねた。

「小僧は若くて活きがいいからな。船でコキ使ってやれ。他の奴らはいらん」

 くるりと背を向けて去ろうとしたテンタクル・ジョーンズだったが、背後に立ちのぼる気配を感じて立ち止まる。

「待たんか貴様! その二人は余の家来じゃ。勝手に連れて行くなど許さん!」

 天竜童子が一歩前に飛び出し、びしっと人差し指を向けて叫ぶ。

「大体、さっきから我々を完全に無視して話を進めおって!」
「んだ、子供だからって舐めんじゃねーぞ! コンパス一個でも、オラの持ち物をぶん取ろうとはいい度胸だべ!」

 さらに、娑婆鬼も躍り出てびしっと指を差す。

「だいたい、主役は私達でちゅ! タイトルにも『ちるどれん』って書いてあるでしょーが!」
「このタイトルって、勘違いする人たくさんいると思うなあ……」

 パピリオと、強引に引っ張られて出てきたケイもさらに加わって言う。
 テンタクル・ジョーンズはゆっくりと振り返ると、窪んだ眼窩に光る小さな眼を光らせて子供たちを睨みつけた。

「俺の船に欲しいのは人間だけだ。お前らは見逃してやるから、とっとと家に帰りな、おチビちゃんたち。はっははは」

 小馬鹿にするような物言いでテンタクル・ジョーンズが返すと、周囲を取り囲む手下たちもどっと嘲笑う。

「うぬぬ、子供だと思ってとことん愚弄しおって!」

 髪を逆立て、霊力を解放する天竜童子。さらにパピリオや娑婆鬼、ケイも小さな体に秘めた力を放ち始める。
 直後――空気が爆ぜた。
 周囲を取り囲む海賊は衝撃波によって吹き飛ばされ、海へ落ちていく。甲板に残るのは横島ら四人を縛り上げるタコ頭の船長ただ一人。形勢は逆転した。

「ははは、威勢の良いことだ。少し驚いたが、子供はこうでなくてはいかんな」

 だが、テンタクル・ジョーンズは平静な態度を崩さない。

「いつまで余裕ぶっこいてるつもりでちゅか。これからあんたをフルボッコにしてやりまちゅからね」
「おめえが! 泣くまで! 殴るのをやめないッ!」
「みんなを放せ、このぐにゃぐにゃのうにゃうにゃー!」

 興奮した四人は一気に躍りかかった。相手が横島や子供たちが知りうる並の妖怪ならば、一瞬で原形を留めないほど打ち据えられて決着が付いていただろう。しかし、そうはならなかった。子供たちが殺到したその場所にテンタクル・ジョーンズの姿はなく、再びその気配を感じた時には全てが終わっていたからだ。

「もう一度言っておく。海の上で俺に勝てると思うな」

 背後から聞こえる、低く威圧感に満ちた声。気付いた時には触手に絡め取られ、子供たちはぺぺぺぺっ、と海へ投げ捨てられてしまった。

「うわーーーーっ!」
「キャーッ! 誰か浮き輪よこすでちゅーーーッ!」
「あ、あり得ねーべーーーッ」
「バカな……竜神王の世継ぎである余が一蹴されるなどーーーーーッ!」

 それぞれ叫びながら、真っ逆さまに海へ落ちていく子供四人組。
 それと入れ違うように、テンタクル・ジョーンズの手下どもが再び甲板に這い上がってきていた。

「さすがは先生! 我々には真似できない触手さばきが熱いッ! そこにシビれる憧れ――」
「……船長と呼べ」

 さらにシロとタマモも海へと投げ捨てると、テンタクル・ジョーンズは興奮する手下に睨みをきかせ、雑音を消す。横島とおキヌを近くにいた手下に預けると、パイプをくわえてくるりと背を向けた。
 その瞬間、甲板にいた怪物の群れと横島、そしておキヌの姿は煙のようにかき消え、気付いた時には不気味な船の上に立っていた。

「ようこそ、さまよえる死者の船――我がフライング・ダッヂマン(幽霊船)号へ」

 テンタクル・ジョーンズは腕の甲でコッコッ、とパイプ火の粉を飛ばし、ニヤリと口元を歪ませる。
 亡者の嘆き声に似た音を立てながら、フライング・ダッヂマン号はゆっくりと海上を滑り出す。



「お、おのれぇぇーーーーッ! 先生、いま助けに行くでござるーーーーッ!」

 遠ざかっていくフライング・ダッヂマン号を見つめながら、シロが怒りに吼えていた。泳いで後を追おうとする彼女を、タマモはとりあえず水中に沈めて引き止める。

「ぶはっ!? 何をするこの女狐!」
「落ち着きなさいよ。ここから泳いだって追いつけるわけ無いでしょ」
「気合いで追いつくッ!」
「向こうは船に乗ってるのよ。仮に追いついても体力が持たないわ」

 タマモの言う理屈は至極当然であり、シロもそんなことは承知している。だが、身体をまさぐられるという辱めを受けたうえ、横島やおキヌをみすみす奪われたとあっては、誇り高き人狼のプライドが許さない。そしてそれは、まわりに浮かんでいる子供たちも同様であったようだ。

「く、屈辱でちゅ! 乙女の柔肌に変なモン巻き付けた罪は重いでちゅよ!」
「ちくしょー、せめて僕らも船があれば」
「……あるんでねーのか、目の前に」
「ああ、紛れもなく船じゃのう」

 四人は船を見上げてしばし沈黙し、突然弾かれたように船へよじ登っていく。それを見て顔を見合わせていたシロとタマモも、慌てて後に続いた。
 二人が甲板によじ登ると、子供たちはマストによじ登ったり、四つん這いになって甲板をウロウロしていた。

「急にどうしたんでござるか、おぬしたち」
「まさか……」

 立ち尽くしたままその様子を見つめていると、下の階からケイがバタバタと戻ってきた。箱一杯に帽子やサーベル、コートなどの衣装が詰まった箱を持ちパピリオに差し出す。

「パピリオ、あったよー! これでいーんだよね?」
「うん、オッケーでちゅ! みんな、集合ー!」

 パピリオのかけ声で子供たちは集まると、円陣を組んで何やら相談し始めた。

「壊れてる場所はどうでちゅか」
「問題ねーべ。帆が痛んでるけど、カバーできる範囲だ。コントロールはオラが担当するから、お前たちは霊力を少しずつ分けてくれ」
「了解でちゅ。ではたった今から、我々は海賊となって横島あーんどその他諸々を奪還するでちゅよ!」
「奪われた物は奪い返すのが流儀! 行くぞ皆の者! 我ら海賊、ヨーホーホー!」
「おーーーーッ!」

 それぞれ箱に入っていた衣装を身に着け、子供たちは名乗りを上げる。突拍子もない発言に、シロは円陣に近づいて声をかけた。

「正気でござるかおぬしたち。第一、こんな船をどうやって動かすつもりなのでござる?」

 そんなシロに、娑婆鬼がチッチッチと指を振って言う。

「オラたちの霊力を船に流し込んで動かすんだ。ミニ四駆と基本は同じだべ」
「み、みに? ともかく、そんなことが出来るのでござるか!」
「オメーがどうかは知らねえだが、オラには朝飯前だべ」
「だったら、拙者も同行するでござる。何としても先生とおキヌちゃんを救わねば!」
「おう、そっちは任せるべ」

 シロが力強く頷いて振り返ると、後ろで話を聞いていたタマモもコクリと頷いた。
 子供たちがそれぞれの霊力を船に注ぎ込むと、古ぼけた船が新品同様の姿へ生まれ変わっていく。

「よーし! 海賊船ブラック・ドッグ号、出航じゃ!」

 マストのてっぺんに登った天竜童子が号令すると、碇が巻き上げられ船はゆっくりと動き出す。空洞の外へ出て潮風を受けると、黒塗りの海賊船は帆を広げて海上を走り出すのだった。

(先生、おキヌちゃん……無事でいてくだされ)

 遙か彼方に見えるフライング・ダッヂマン号の影を見つめながら、シロは二人の身を案じ、奪還を固く心に誓うのであった。



 一方その頃、浜辺では美神令子が怒りの頂点に達していた。
 ついウトウトしてしまった令子は、沖合に例の悪霊が出たという通報を受けて目を覚ましたのだが、気付いてみれば部下が誰一人いなくなっているではないか。あれだけはしゃいでいた子供たちもどこかへ消えてしまい、小竜姫を始めとした妙神山一行の姿も見あたらない。

「なんで誰一人残ってないのよバカタレーーーーー!」

 令子は手元に置いてあった神通棍、霊体ボウガン、そして防水対策済みの破魔札ホルダーを身に着けると、前もって停泊させておいた自分のボートへ急いだ。

「タイガーよ……海はいいな」
「そうじゃノー」

 浜辺より少し離れた防波堤の端っこで、ポツリと呟く二人の男。彼らは海に釣り糸を垂れて穏やかな表情を浮かべていた。傍らの青いケースには、釣り上げた魚が数匹泳いでいる。

「こうやって海を眺めていると、自分がちっぽけな存在に思えてこねえか」
「そうじゃノー」
「海は俺たちみたいな存在にもにこうやって食料を与えてくれる。女を誘って遊びに来たはいいが、財布を無くして見捨てられた俺たちにもッ!」
「ううう、そ、そうじゃノー」

 釣り竿を握りしめたまま、伊達雪之丞とタイガー寅吉は号泣していた。

「ちょっと、そこでメソメソしてる気持ち悪い二人!」

 涙で前が曇った二人の前に突然ボートが止まり、操縦していた女性が二人に声をかけた。それはハイレグ水着の上に救命胴衣を着けた令子だった。

「み、美神令子じゃねーか。何してんだ、こんなところで?」
「丁度いいところで会ったわ。ちょっと手伝って欲しい事があるのよ」
「手伝い? 除霊ですかいノー?」
「そうよ。何か知らないけど、アンタたちどうせヒマなんでしょ。こっちは人手が足りなくて困ってんだから」

 珍しい事もあるもんだと首を傾げた雪之丞は、ふと気付いて尋ねた。

「横島や他の連中はどうしたんだ? あんたの所は人手不足なんて――」
「みんなどっかいっちゃったのよ! この大事な時にッ!」

 クワッと血走った目を見開いて、令子は絶叫した。

「この私が頼んでるんだから、さっさとボートに乗りなさい! ギャラもちゃんと出すからッ!」
「う、わ、わかったよ」

 ただ事ではない令子の剣幕に、雪之丞とタイガーは叱られた犬のようにビクッと体をすくませてボートに飛び乗った。飛び移る瞬間、タイガーが足をケースに引っかけてしまい、魚ごと海へ落ちてドボンと悲しい音を立てた。

「バカ、何してんだ」
「あああっ、せっかく釣り上げたワッシの食料がーーー!」
「ご飯くらい後で食べさせてあげるわよ。大の男が情けない声出さないのっ」
「……それが報酬とか言うんじゃねーだろうな、美神の大将」
「ちゃんと掴まってないと振り落とすからね!」

 雪之丞のツッコミを華麗に流すと、令子のボートは船体が軋みそうな加速をしながら沖へと向かっていくのだった。