蜂と英雄

モドル | ススム|モクジ

  第7話  


「ん……」

 柔らかく包まれている感触に、ベスパはまどろみから目覚めた。
 ぼんやりとした視界には白塗りの天井が映っている。次第にそれがはっきりとしてくると、彼女は慌ててその身を起こした。
 窓の外には美しい海岸線と、遙か向こうに雄大な山が見える。古い洋風の部屋には小さな暖炉や、年季の入った樫の机があり、銀の燭台が立ててある。自分は清潔なシーツの張られたベッドに寝かされていたようで、暖かい日差しが彼女の周りを包み込んでいた。部屋のドアは閉じられているが鍵は掛かっておらず、他に人の姿は見あたらない。

(そうだ、私はあのジジイに連れてこられて……)

 ベッドから足を降ろして立ち上がろうとしたとき、ふいに部屋のドアが開いた。
 ベスパは反射的に身構えたが、そこには誰もいない。

「……おはよう」
「うわっ!?」

 誰もいないはずなのに突然聞こえてきた声にベスパは肝を冷やした。
 そして、ドアがひとりでにゆっくりと開いていく。
 視線を下げると、ノブにぶら下がるようにしてドアを押す幼い少女が自分を見上げていた。少女は身長がベスパの膝より少し上くらいまでしか無く、そのため視界に入らなかったのだ。
 自分を見つめる無表情な少女の瞳に、ベスパはどこか深く暗い場所へと吸い込まれそうな感覚を覚えた。

「だ、誰?」
「朝ご飯。できてるから」

 少女は抑揚のない声でベスパにそれだけ言い、くるりと背を向けて歩き出した。

「ちょっ、待って」

 ベスパはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて少女の後を追うことにした。ここは二階の部屋だったようで、廊下に出ると少女が吹き抜けのホールの階段を降りているところだった。
 ベスパは自分の触覚をピクピクと動かし、あたりの気配を探ってみる。彼女の頭部から出ている触覚は飾りではない。精度の高い感覚器官としてし機能し、目では捉えにくい気配や妖気を敏感に感じ取ることができる。

(妙な気配は――)

 今のところ感じられない。
 とはいえ、ここがもしルシエンテスのアジトなら油断は禁物。警戒を緩めることなくベスパは歩き出す。通路を渡り、階段を下りてみると、ドアの前で少女がじっとこちらを見て待っていた。
 表情の変化がほとんど見られないという部分はあるが、その瞳はとても澄んでいて美しい。
 ただの人間の子供としか思えなかった。

(一体、どうなってるんだろう)

 状況の前後から考えても、ルシエンテスに関わりがあるとしか考えられないが、あの老人の手口を見た後で、無垢な人間の少女を召使いにしているというのは、考えにくいことだった。
 しかし、これはチャンスでもあった。
 もしこの少女がルシエンテスの縁の者なら、

(ここがどこで、あの魔導師の目的は何なのか)

 聞き出す事が出来るかも知れない。
 ふと、ベスパの脳裏に先日の記憶が蘇る。
 あの時、勢い込んで突進したはいいがあっさりと拉致され、ジークにもひどい怪我を負わせる結果となってしまった。
 このうえ手ぶらでノコノコ帰ったとあっては、とてもじゃないが皆に顔向けできない。

(ここは大人しくしておいて、連中の狙いを突き止めなきゃ)

 せっかくの状況を利用してやろうと、ベスパは決意を固めた。
 少女に促されて部屋に入ると、楕円のテーブルに二人分の料理が用意してあった。
 ベーコンと角切り野菜がたっぷり入ったミネストローネ。
 新鮮なムール貝、イカ、エビを魚介のダシとトマトソースで合わせた漁師風スパゲッティ。
 一見豪華に思える料理だが、イタリアのシチリア島では実に家庭的なものである。少女は一足先に席に着いており、傍らには大きなまん丸目玉の犬がいて、少女から離れずじっと座っていた。
 何を考えてるんだか分からない犬に目をやりながら、とりあえずベスパも席に着き、自分に用意された料理を見る。
 シンプルな白皿に盛りつけられた料理は温かく、丁寧に調理されたものだった。

「これ、あんたが作ったの?」
「私じゃない私が憶えてたの」
「えっ?」
「……」

 少女は奇妙な返答をした後、じっと押し黙ってしまう。
 不可解な言葉ではあったが、もう少し話を続けなければ何も始まらない。しつこく訊く必要もないと思い、ベスパは違うことを訊いた。

「そうだ、あんたの名前は?」
「アンジェラ」
「私はベスパ。ねえアンジェラ、私をここに連れてきた爺さんがいたでしょ。そいつは今どこにいるか知ってる?」
「……早く食べないと冷めちゃうよ」

 質問には答えず、アンジェラと名乗る少女はナイフとフォークを握りしめて料理を口に運ぶ。
 ベスパはタンパク質を主に摂取する体質だったが、それ以外の普通の料理が食べられないわけでもない。寿命の問題を解決した際、身体が受け付ける食料の幅も広がったのである。
 アンジェラは言葉を発する様子もなく、黙々と自分のパスタを口に運んでいる。仕方がないので、ベスパも料理に手をつけることにした。

「美味し……!」

 思わず言葉を洩らしてしまうほど、料理は美味しかった。
 ミネストローネは素材の味がしっかりと生きていて、温かさの中にほんのり野菜の甘みが広がってくる。
 パスタはブロードの効いたソースと新鮮な魚介が上手く絡み合い、ベースに使われているわずかな赤唐辛子がピリッと味を引き締めてコクの中に地中海の爽やかさを感じさせている。
 はじめて感じた料理の美味しさに、ベスパはつい目的を忘れそうになってしまうほどだった。
 アンジェラは時々パスタの具を犬に与えつつ、やはり黙々と食べていた。
 食事を終えると、いつの間にか犬が大きな紙袋をくわえて座っていた。足元に紙袋を置くと、犬は食器の片付けをしているアンジェラの傍へと戻っていく。
 その紙袋を開いてみると、中には女性物の服が上下揃って入っていた。

「もうすぐ出かけるよ。その格好じゃ目立つから着替えて」
「えっ?」

 その声にふと顔を上げると、ハンカチで手を拭きながらアンジェラがキッチンから戻ってきていた。

「出かけるって、どこへ? それより私をここに連れてきた――」
「あの人は今日は帰ってこないよ。早く着替えてね」
(あの人?)

 やはりルシエンテスのことだろうか。
 帰ってこないのが本当ならば、いつでも逃げてくれと言っているようなものである。奴がベスパの力を見くびっているのか、それとも、

(こんな小さな子供でも、私を見張る力はあるってこと? なんにせよ、解らないことだらけだね)

 考えながらベスパは自分の格好に目をやる。
 現在身につけているのはいつものボディスーツである。体の動きを邪魔することがなく、彼女のフルパワーに耐えうるとても丈夫な素材で出来ている。作戦行動中のベスパにとって、スタンダードな姿だ。
 だがボディスーツは人間の世界では逆によく目立つ。
 着替えろということは、アンジェラはどこか街に出て行こうとしているのだろう。口数の少ない少女を問いつめるより、ついていった方が早いかもしれない。
 そう思い、ベスパは用意された服に着替えることにした。




 V字に胸元が開いている黒のキャミソールに、少し丈の長い濃緑のニットカーディガンを羽織る。長い脚が映えるデニムのパンツに、金の細工が施されたバックルがアクセントとして輝く。
 最後に洒落た黒いサンダルを履くと、元々モデル体型なこともあってベスパは都会的でありながら、落ち着いた大人の女性として申し分のない雰囲気へと変身していた。

「へえ、悪くないね。でも、あのジジイの趣味かと思うとちょっとね」
「……それ、私が選んだの」
「え、あ、そうなんだ。良いセンスしてるわよ、アンジェラ」

 ベスパはにこっとアンジェラに微笑み返す。
 アンジェラは妙にそわそわして視線を泳がせていたが、ほんの少しだけ嬉しそうな顔をした。
 彼女の表情というものを、ベスパは初めて見た気がした。

「じゃあ、行くね。付いてきて」
「あ、ああ、わかったよ」

 はたしてこの少女は何者なのか。
 魔導師ルシエンテスとの関係は?
 そしてどこへ向かい、何をしようとしているのか――ベスパは謎の手がかりを掴むため、アンジェラの後に付いていった。




 フランスで核弾頭が奪われたことは情報規制によって表向きには報道されなかったが、ICPOオカルトGメンの間では大騒ぎになっていた。核弾頭が奪われたことだけではなく、魔族によってもたらされた報告もまた大きな原因であった。
 最高レベルの緊急事態――報告を受けた西条は日本に名だたるGSを招集、一路ヨーロッパの対策本部へと向かった。
 本部には日本、いや世界最高のGSと称される美神除霊事務所のメンバーやその関係者、さらに彼女らに劣らぬ霊能者達が勢揃いしていた。だが、情報の漏洩を防ぐという理由で西条は現地に着くまで詳細な事情を伏せていた。

 美神令子、横島忠夫、氷室キヌ(非公式メンバーとして犬塚シロとタマモ)の他、六道冥子、ドクター・カオスとマリア、小笠原エミ、タイガー虎吉、唐巣和宏、ピエトロ・ド・ブラドー、伊達雪之丞、魔鈴めぐみ。
 さらに西条輝彦を加えたメンバーが日本からの派遣GSである。
 なお、美神美智恵は育児中のため日本で待機することになった。




 GS一同が集められたヨーロッパ支部の司令室には、一足先にワルキューレとヒャクメ、そして左脚を金属板で固定したジークの姿もあった。

「で、私達をこんな所に勢揃いさせるような緊急事態ってなんなの? 強力な魔物が出たと聞いてここまで来たけど、詳しいことは着いてからの一点張りでさー。ロクに準備だってできなかったんだから、その辺ちゃんとカバーしてくれるんでしょうね? それに報酬だって倍はもらわないと留守にしてる間の埋め合わせが――」

 豊かな胸を押し上げるように腕を組んで、不機嫌そうに西条を見つめる世界トップクラスの霊能者――美神令子。
 彼女の問いに頷くように、その他のメンバーも西条を見つめる。

「装備や報酬の件はEUが充分用意している。安心してくれ」
「オッケー、それなら文句なしね。じゃあ話を聞こうかしら」
「説明は僕ではなく、彼がしてくれる。土偶羅魔具羅、よろしく頼む」

 西条に促されて姿を現したのは、魔界でデータの解析を行っていた土偶羅である。彼の横にはパピリオも付き添っていた。

「あっ、久しぶりだなアンタ。それにパピリオも。元気でやってるのか?」

 懐かしい顔を見て、横島は軽く手を上げて笑いかける。

「きゃー、久しぶりでちゅ! 私も土偶羅様もピンピンしてまちゅよー!」
「おお、久しぶりだなポチ。と、すまんが無駄話をしておる時間はないのだ。これから我々が話すことをよく聞いてもらいたい」

 はしゃぐパピリオを抑え、土偶羅はジークとワルキューレを呼ぶ。
 そして、彼らは今回の事件について語った。

「――つまり、アンタ達がヘマしたおかげで、ルシエンテスとかいう魔導師が復活して、核弾頭をかっぱらってロクでもないことを始めようとしてるのね?」

 令子はやれやれといった表情で、バツの悪そうにしているジークやワルキューレの方を見る。

「申し訳ありません。本来なら我々魔族だけで処理すべき問題だったのですが、もはや事の重大さは人間界を大きく巻き込む所まで来てしまった……アシュタロス事件で我々に代わって戦ってくれたあなた方に、再び協力を頼まねばならないのは心苦しいのですが」
「まあいいわ、その分ギャラを弾んでもらえれば良いんだし。それに放っといたら私が自由に暮らせる世界がダメになるって言うんなら――そいつには不幸になってもらうしかないわね」
「感謝します、美神さん」
「じゃあ、その魔導師が蘇らせようとしているものについて詳しい説明を聞きたいわね」
「わかりました。土偶羅、頼む」
「口で説明するよりアシュ様の記録を見た方が早いな。例の魔導師が求めていた物が何なのか……腹をくくっておけ」

 いつになく重苦しい雰囲気に、横島が後ろでコソコソと動き出す。

「……どこ行くつもり?」
「あ、いや美神さん、俺なんだかとってもお腹が急降下で……トイレはどこかなー、なんて」
「逃げたらヨーロッパに置いてけぼりにするわよ」

 十数秒の沈黙。

「だ、だって怖いじゃないッスかーーーーッ!? ジャック・バウアーだって核弾頭一発でいっぱいいっぱいだったんですよ? それを五発も盗んだ野郎とやり合うなんて……俺はまだヤリ残した事が山のようにふべらばっ!?」

 わめく横島を絶妙なひねりの加わった鉄拳で黙らせると、令子は土偶羅を見る。

「さてと。バカはほっといて、記録を再生してもらえるかしら」
「うむ」

 土偶羅はパピリオに持たせた小さな台座のような装置を操作する。と、以前ジーク達が基地で見たのと同じように、記録のホログラムと音声が再生され始めた。




 ――今日はメフィストという使い魔を作ってみた。
 むちむちぷりんの可愛い我が娘だ。
 作った私でさえ正直たまら……ゴホン、素晴らしい出来だ。
 彼女ならアホな人間の男を悩殺して魂を集めてくれるだろう。
 無論、悪い虫が付こうものなら私自ら始末してやるがね……
 フフ、ウフフフ……
 いやしかし――これは正直たまら――!




「ああっ、再生するページを間違えてしもうた!?」

 一同は盛大にコケた。

「何考えとんじゃ、あのヤローは!? 今も前世も美神さんは俺のモンだと何度言えば分かるんじゃあッ!」
「おいコラ。こんなもん見せるために俺たちをわざわざ呼んだってのか、この遮光器土偶!」

 横島と雪之丞が土偶羅を挟み、ガクガクと揺さぶっていた。

「お、落ち着け! 間違えただけだとゆーのにっ。ワ、ワシが悪かったッ!」
「ってゆーか、アシュタロスってああいうキャラだったの? な、なんか寒気が……」

 令子は鳥肌が立った腕をさすりながら、必死に記憶を消去している。緊張感を台無しにされ、他のメンバーもなんだか頭が痛くなってきた。

「で、では気を取り直して……行くぞ」

 土偶羅が再び装置を起動すると、さっきと同じようにホログラムと音声が再生され始めた。




 ――『あれ』を蘇らせれば、地上は数百年、あるいは数千年かかっても再生不可能な程に破壊されてしまうだろう。これでは新たな宇宙、新たな秩序を生み出しても、私の手元には不毛の世界が残るだけだ。何としても阻止する必要がある。
 私は戦いの末、不死身だった奴を封印し、魔獣も湖底に沈めた。
 仮に。もし仮に私が滅んだとしても、奴の封印が解けぬよう二重に封をしておく。間違っても『あれ』に近付けてはならないのだ。
『あれ』……すなわち大地が生み出した破壊エネルギーの結晶『テュポン』が復活すれば、もはや神も魔も人間も破滅するしかない。
 とはいえ、テュポンの封印を破壊するには莫大なエネルギーが必要になるうえ、ルシエンテスも厳重に封じておいた。当分の間は安心していいだろう。
 だが、この世に不変などあり得ない。
 願わくばこの両者が、永劫に世に放たれる事が無いようにあって欲しいものである――




 そこでホログラムと音声は途切れていた。
 土偶羅は言った。

「テュポンの復活に比べたら、核弾頭五発など取るに足らんだろうな」

 横島をはじめとする若い面子は、テュポンという言葉にピンと来ずにいたが、令子や唐巣神父らの顔面はみるみるうちに真っ青になっていった。

「じょ、冗談じゃないわ。テュポンなんてどうしろって言うのよ……」
「ど、どうしたんスか美神さん? そのスッポンだかテュポンとかいうの、そんなにおっかないんですか?」
「おっかないとかそんな次元じゃないのよ横島クン。アシュタロスの究極の魔体って憶えてるわよね?」
「は、はい。ま、まさかアレより強いとか?」
「大きさで言えば……そうね。私がテュポンなら、究極の魔体は手のひらサイズの玩具ってとこかしら」
「はい?」
「テュポンに比べたら、究極の魔体なんて良くできた玩具程度でしかないのよ」
「いっ!?」
「テュポンってのはね――」

 憂鬱な表情のまま、令子はテュポンについて語り出した。
 テュポンは大地の女神ガイアが、主神ゼウスの慢心に怒り生み出したというギリシア神話最大最強の魔神であり、全ての風の神の父でもある。
 その体は頭が星に届くほど巨大で、目と口からは灼熱の火炎を噴き出し、両手を広げれば世界の西と東まで届き、その先からは百の蛇の頭が出ており、腿から下は蛇の姿をしていた。
 テュポンは凄まじい破壊エネルギーの権化で、彼が歩く度に暴風が吹き荒れ、全ての物を巻き込み破壊したという。
 テュポンがその姿を現した時、オリュンポスの神々は恐れをなし、動物に姿を変えてエジプトへと逃げてしまったほどだ。
 ただ一人残って立ち向かった主神ゼウスさえ、テュポンの強さに敗北し、幽閉されてしまった。
 その後、仲間の神々の助力によって窮地を脱したゼウスは反撃を開始。テュポンはモイライという運命を司る女神に騙されて、弱体化の果実を食べてしまったため、現在のシチリア島まで逃走したが、ゼウスの雷に撃たれて弱ったところに山を投げつけられて封じられた。

 それが現在のシチリア島エトナ火山であり、不死身の魔神であるテュポンが重圧から脱出しようともがく度に、エトナ火山が噴火するのだという。
 なお、現在の台風(Typhoon)の語源はテュポン(Typhon)の英語読みである。

「――つまりテュポンっていうのは超巨大な台風がそのまま神格化した、規格外の魔神なのよ。こいつが動き出したら、世界が八度滅亡してもおつりが来るわね」

 令子の言葉に場の空気が凍り付く。
 アシュタロスの究極の魔体の時でさえ、人間対コジラみたいな対比だったというのに、今回の相手はもはや対比云々の話ではなくなっている。
 話の途方も無さに、横島を含めた若いメンバー達は、なんで自分はこんな所にいるんだろうといった心境であった。
 そんな彼らの前に、ジークが一歩踏み出した。

「皆さんに集まってもらったのはテュポンと戦うためではありません。奴はまだ復活していませんし、あれほど強力で古い魔神を復活させるとなれば、それなりの手順というものが必要になるのです。これを見てください」

 ジークが巨大なディスプレイを指すと、ヒャクメが自分の心眼ケーブルを繋げたノート端末を操作する。
 画面にはまず最初に地中海周辺の地図が現れ、続いてその上に複数の点が表示された。
 ジークはその内のひとつを指し、話し始める。

「核弾頭が奪われる少し前、ルシエンテスの反応を追ってたどり着いた村では、大地のエネルギーが根こそぎ奪われていました。それがこの点です。後の調査の結果、ここは大地のツボとも言うべき龍脈のエネルギーが集まる場所でした。そして時間の経過と共に、その他の地域でも次々と同じ現象が起こっています。ルシエンテスの反応は感じられませんでしたが、現場周辺の住人が例外なく殺害されているところを見ても奴の手下、もしくは仲間が別に活動していると思われます。この行動もテュポン復活に関わるものと見て間違いないでしょう。ということは、これを食い止めることでルシエンテスの目的を阻止できるはずです。皆さんには予測される次のポイントへ先回りし、奴らの行動を阻止してもらいたいのです」

 ジークの説明に一行は聞き入っていたが、雪之丞が不満そうな声を上げた。

「いちいちそんな回りくどいマネしなくても、その腐れ魔導師のヤローを見つけ出して始末したらどうだ。なんなら俺が行ってやるぜ」
「ルシエンテスの所在は不明です。どこに潜伏しているのか、レーダーにも奴の姿は映りません。それに……奴は強い」

 左脚の傷口に疼く痛みを感じながら、ジークは答えた。

「アシュタロスでさえ止めを刺せなかったほどの強敵です。その手下も非常に強力な魔物ばかりでした。みんなで力を合わせなければ勝ち目はないでしょう」

 あくまで平静に語るジークであったが、その拳は握り締められ瞳の奥には激情の炎がわずかに見え隠れしていた。

「ちっ、仕方がねえな」
「すでに魔界の兵士達が現地で警備に当たっています。皆さんは彼らと合流して最悪の事態を防いでください。くれぐれもお気を付けて」
「いよいよ後には引けなくなっちゃったわね。でも、ま。久しぶりの大仕事だし、やってやろうじゃないの!」

 令子を先頭にGS一同が司令室を後にする中、横島と雪之丞だけがその場に残っていた。
 二人はジークの元へ近付き、小さな声で話し始める。

「なあジーク、さっきから気になってたんだけどさ……」
「なんですか?」
「ベスパはどこに行ったんだ? 軍に入ったはずだろ。パピリオの手紙で時々、話は聞いてたんだけどさ」
「彼女は……」

 横島の質問にジークの表情は曇り、うつむいてしまう。

「なんか訳ありみてーだな。何か困ってるなら話してみろよ」

 雪之丞がジークの肩に手を置き、フッと笑う。

「ああ、妙神山で同じ釜のメシを食った仲間だしな」

 横島も頷き、ジークの言葉を待つ。

「二人とも……ありがとう」

 横島も雪之丞も、普段は他人の立ち振る舞いを気にしている素振りも見せないのに、こういう時だけは妙に勘が働くのである。

(ふふ、彼らにはかなわないな……)

 胸中で微笑しながら、ジークはベスパに関する事情を打ち明けた。

「――結局、ベスパは拉致され行方は判らない。今後の作戦で人質として盾にされる可能性もありますが……正規軍は彼女もろとも目標を処理するでしょう」
「なんだって!?」
「おいジーク、テメェそれで納得してんのか?」
「するはずがない! しかし彼女ひとりの為に、テュポン復活を許すほど軍は甘くありません」

 唇を噛んでうつむくジークを見て、横島と雪之丞は互いに目配せして頷く。

「……よし。だったら俺たちも手を貸すよ。事が始まったらこっそり援護するから、なんとかベスパを助けてやろうぜ」
「女を盾にされて思いっきり闘えないんじゃ、ストレスが溜まっちまうからな」
「餞別代わりに文珠をひとつやるから、いざというときに使ってくれよ。美神さんには内緒だぜ?」
「横島さん、雪之丞……」
「礼なら後で可愛い娘紹介してくれればいいからなっ」
「おい横島、魔族の女でもいいのか?」
「フッ……今までの経験上、魔族は人間よりもいい女が多いんだよ。はーっははは!」
「リアルに悲しいセリフだな」
「やかましいわ!」

 横島と雪之丞が示してくれた友情に、ジークは目の奥が熱くなるのを感じていた。

「ありがとう。本当にありがとう二人とも――この恩は忘れない」

 ほんのわずかな間、修行仲間として過ごしただけの自分に協力を惜しまないでくれる人間たち。見返りや利益のためでなく、友として――だからジークはそんな彼らが、人間が好きだった。
 世界を蹂躙し、破滅させるというテュポン。
 その復活を目論むルシエンテス。
 断じてこの二つの存在を許しておくことは出来ない。

(奴を仕留めるには、相応の『力』が要る。奴の魔力に対抗しうる強い『力』が――)

 ジークはある決意を胸に秘め、新たな戦いの舞台へと赴く。
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