蜂と英雄

モドル | ススム|モクジ

  第11話  

 横島達がローマのオカルトGメン基地に辿り着いた時には、彼らを除くGS全員とヒャクメ、小竜姫にパピリオ、そして土偶羅魔具羅も集まっていた。
 ジークとワルキューレの姿は、どこを探しても見あたらない。
 ヒャクメによると二人は三日前から魔界に戻っていて、合流が遅れるとのことだったので、集まったメンバーだけで先に会議を始めることにした。
 巨大なメインモニターの前で揃い踏みしている彼らの表情は、どこか張り詰めた雰囲気を感じさせる。部屋の中央には金色に光る宝玉が、結界と防弾ガラスのケースで厳重に保管され、淡い光を放ち続けていた。

「遅いわよアンタ達」
「す、すいません美神さん。一体なにがあったんスか?」
「それを聞くために集まったんでしょ。じゃあヒャクメ、お願いね」

 令子に促され、ヒャクメはコホンと咳払いをして状況報告を始める。

「では皆さん、心して聞いて下さいねー。つい先程、シチリア島エトナ火山周辺担当の監視員から重大な報告がありました。それによると、武装した大量の魔物や妖怪が地底から湧き出しているのを確認。単なるザコの群れではなく、いずれも魔界で名のある魔族やその配下達だというのです。進行方向や装備から推測して、ローマ侵攻が目的なのは間違いありませんねー」

 事務的に語られる事実に、GS達は蒼白となる。
 大事件だとは聞いていたが、これほどの騒ぎになるなど誰が想像しただろうか。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうして魔族の軍団が攻めてくるんだ? 魔族の過激派は、アシュタロスがいなくなって大人しくなったんだろ?」

 辛うじて平静を保ちながら、横島が訊く。

「ほう、なかなか鋭いなポチ。だがな、アシュ様がいなくなって、その支配地域の魔物や、後釜を狙う魔族達はむしろ活発に活動を始めておるのだ。このタイミングで人間界に押し寄せてきたところを見ると、影で奴が扇動しておるんだろうがな」

 土偶羅の言葉に、その場の全員が同じ名を思い浮かべる。
 ルシエンテス――煮ても焼いても食えない相手である。

「そのための三日……つまり俺達が反撃を気にしている間に、野郎は裏で準備を進めてやがったのか。ちくしょう」
「魔物達の行動は統率されていて、ある場所を目指して真っ直ぐに進行しているみたいなんですねー」
「ある場所って……まさか」

 横島の言葉に頷くと、ヒャクメは黙ったまま宝玉を見つめる。

「目的はコイツってか。しかし、これは一体何なんだ? 相手が本腰入れて欲しがる以上、相当ヤバイ代物だってのはわかるがよ」

 雪之丞が訝しげに宝玉を見ながら訊ねると、他のメンバーもコクリと頷き、その視線は鎮座する黄金の玉に向けられた。

「その宝玉についての分析も、ようやく終了したのねー。その宝玉は『ヘスペリデスの黄金林檎』と呼ばれるもので、ギリシアの英雄ヘラクレスに与えられた、十二の試練に登場した果実なのねー。大地のエネルギーを満たしたこの果実を口にした者は不死となり、神々と同じ力を得ることが出来るのです。しかしそれはあくまで神話時代の話であり、現在は黄金林檎の木など人間界には存在しませんねー」

 シロやタマモはケースに貼り付くように宝玉をまじまじと見つめ、二人の後ろからおキヌも興味深そうに覗き込んでいる。

「じゃあこれは偽物なんですか? とても強いエネルギーを感じますけど……」
「正確に言えばそれも違いますねー。出自は違えど、大地のエネルギーを満たして作られている以上、その性質は同じといって良いでしょう。つまり我々の目の前にある黄金の林檎は、限りなく本物に近いレプリカということになりますねー」
「なるほど……そういうことか」

 黙って説明を聞いていた唐巣は顔を上げ、ポツリと呟く。

「何か気付いたんですか先生?」

 ピートが黄金の林檎と唐巣を交互に見ながら言う。

「これを作った目的が読めてきたよ。予想の域を出ない話ではあるがね」

 少し下がってきた眼鏡を指先で持ち上げ、唐巣神父は鋭い眼光をレンズの奥に秘めたまま語る。
 不死身の魔神テュポンが封じられたのは運命の女神に騙されて弱体化の果実を食べてしまった事が大きな原因である。それゆえ強大な力は半減し、戦いに敗北し逃走せざるを得なくなり、結果としてエトナ火山の下に封じられた。
 ゼウスの封印は強力で、それを破るにはゼウス自身か同等以上の力を持つ神でなければ不可能であろう。となれば、テュポン本人に封印を破らせるより他に無い。そこで黄金の林檎を食べさせて弱体化を中和し、魔神の力を取り戻させた上で、封印を何らかの方法で弱めることが出来たとしたら、魔神復活は完全なものとなる。

「――これが私の意見だが、どうだろうか?」

 唐巣の推理に、令子が付け加えて、

「てことは、核弾頭はゼウスの封印を弱めるために盗んだのね。最強クラスの魔神復活と、神の力を与える林檎。武闘派魔族を扇動するには充分すぎるエサね。今回の相手、ただのキレた魔族じゃないわ。相当な曲者よ」

 考え込む令子の前に、つかつかと雪之丞が歩み寄った。

「けどよ、それだったら話が早ぇじゃねーか」

 黄金の林檎に視線を移し、

「その林檎が無ければ魔神は復活できねーんだろ? さっさとぶっ壊すなりして始末しちまえば」
「残念ですが、それは無理なんですねー」

 物騒な目つきで林檎を眺める雪之丞に、ヒャクメが首を振ってそれを否定した。

「なんでだよ?」
「この林檎には莫大なエネルギーが秘められているのねー。ヘタに破壊すると、その衝撃波で周囲数十キロの範囲が消滅しちゃう危険があるんですねー。それにエネルギーを元の大地に返さないと、土地が死んだまま甦らなくなってしまいます」
「げ……」

 サラリと答えられたヒャクメの答えに全員の血の気が引いてしまう。
 目の前にある小さな玉は、ある意味では核弾頭と等しい危険物ということなのだ。
 さらにヒャクメは続けた。
 地底から湧き出している魔物の数は今も増え続け、その数は数千にまで膨れ上がっているのだという。現地の魔族・人間の軍隊を中心とした混成部隊が防衛戦を張ってはいるが、増援にもう少し時間が必要で、あまり長く持ちそうもないらしい。

「す、すうせん……?」

 ひと桁多い敵の数に、横島はゴクリと息を飲む。

「元を絶たなきゃキリが無さそうね。千を超える魔族の軍団なんて、まともに相手してられないわ」
「美神さんの言う通りですねー。そこで皆さんには魔物達の出所へ乗り込み、魔界と人間界を繋ぐゲートを閉じてもらいたいのです。エトナ火山ふもと、地下墓地群(カタコーム)から魔界特有の強力な負の波動をキャッチしました。当然、敵もゲートを死守しようとするはずですから、激しい反撃が予想されますが……」

 魔族が人間界へと雪崩れ込んでくるゲート。
 死地という言葉がこれほど相応しい場所があるだろうか。
 しかし全員で出向いては、もしものときにここを守る者がいなくなってしまうし、多人数では目立ってしまう。
 万一の場合を考え、ゲートを閉じる班と、基地を守備する班を分けてはどうかと土偶羅が提案した。

「敵の目的は黄金の林檎なんだから、守りを固めておくのが賢明よね」
「うむ。それでは人選の方はお前達に任せるぞ」

 土偶羅の意見に異を挟む者はなく、GS達はそれぞれ相談して配置を決めることにした。
 ゲートへの突入班は、イタリアの地理に詳しいピートを案内役に、美神令子、横島忠夫、氷室キヌ、ドクターカオス&マリア、六道冥子、タマモの八名。
 基地の守備班が西条輝彦、小笠原エミ、タイガー虎吉、伊達雪之丞、唐巣和彦、魔鈴めぐみ、シロ、パピリオの八名。
 なお、ヒャクメ・土偶羅魔具羅は非戦闘員として、小竜姫は妙神山から離れると活動に制限があるため人員に数えず、基地で待機となった。

「意義ありッ! どうして拙者は先生と一緒じゃないんでござるかッ!」

 横島と同行できないシロは、涙目で挙手。

「しかも拙者を差し置いてその雌狐が先生と同行しているのが納得できないんでござるッ!!」

 きゃんきゃんとわめくシロにおキヌも手を焼いて、苦笑しながらなだめるのが精一杯だった。
 そんなシロを見ながらタマモはやれやれと肩をすくめ、聞き分けのないシロに近付いた。

「あのね、私達はこれから敵の巣穴に潜り込むのよ。そこにあんたみたいな落ち着きの無いのがいたらかえって危険でしょ」
「失礼なこと言うなぁ! 拙者は落ち着いてるもん、ちゃんと役に立つもん!」
「私の幻術なら、いざというときに敵の目を誤魔化すことができるわ。危険に挑む時は、できるだけそれを避ける道も確保しておかなきゃいけないのよ。美神さんの受け売りだけど」
「ううっ、もっともな正論で返してくるなんてずるいっ」

 鼻をズズッとすするシロの肩に手を置き、横島は首を振る。

「シロ。残念ながらここはタマモの言う通りだ。だが、お前はこれからこの街の人達を守らなきゃならない。それこそお前にしかできない仕事だ」
「せ、先生……」
「お前なら安心して後ろを任せられると思って言うんだぞ。わかるな?」
「はいっ!」

 青春スポ魂ドラマよろしく気取った芝居で語る横島を、シロもまたキラキラした目で見つめていたりする始末。
 それを見ていた全員が心の中で「よくやるなぁ」と呟いていたが、ともあれシロは納得したようだった。

「よし。それじゃあ突入班は準備が終わり次第、すぐにシチリア島に向かってくれ。我々守備班は、ローマ市民の避難を手伝いにいくぞ」

 西条の号令の元、GS達は決戦に向けて動き出す。
 だが、ジークとワルキューレの姿は依然として見あたらないままだった。それぞれが歩き出す中、横島と雪之丞はヒャクメの傍で足を止め、互いに頷いた。周囲を見回して他に人がいないことを確かめると、彼女を挟み込むようにしてこっそりと訊いた。

「なあヒャクメ、ベスパのことで何か聞いてないか? あの戦いの後消えちまって、結局どうなったんだ?」
「そ、それは……」
「ジークの野郎が遅れてるのも、関係あるんじゃねぇだろうな?」
「えっと……その、なんというか……あうあうっ」

 ダラダラと汗をかき視線を泳がせていたヒャクメだが、横島と雪之丞にギロリと睨まれて、観念する。

「この話は私と小竜姫、土偶羅しか知らないことです。他の人……特にパピリオには秘密にしておいてくださいねー」
「わかった。約束するよ」
「やっぱり何かあったんだな?」

 目を伏せ、小さく息を吐くとヒャクメは語り始めた。

「フォロ・ロマーノでの戦いでベスパは敵を庇い、明らかな敵対行動を行いました。会議の結果、正規軍上層部はベスパを造反者とする決定を下しました。ジークは彼女を弁護しましたが……結局聞き入れられなかったのねー」
「まさか、そんな……!」
「チッ、こいつぁまずいな。で、ジークはどうした」

 ヒャクメの告げた事実に、横島と雪之丞は表情を曇らせる。

「ジークとワルキューレは会議の直後から連絡が取れなくて、行方不明になってしまったのねー。軍でもジークとワルキューレを捜索していますが、足取りはまったく掴めていないそうです」
「なんだって?」
「このクソ忙しいときに……どこに消えちまったんだあの姉弟は」
「横島さんと雪之丞さんは別々の班でしたね。あなた方のどちらかがベスパと対峙することになるかもしれませんが……くれぐれも気をつけて下さいねー。ジーク達のことは連絡があり次第、お二人にも伝えますから」

 心配そうなヒャクメの言葉に頷き、横島と雪之丞も作戦会議室を後にした。
 ジークとワルキューレの二人はどこに行ってしまったのか。
 不安を胸にしまい込み、横島と雪之丞はそれぞれの準備に向かう。




 三日前。
 フォロ・ロマーノの空にベスパが消えてから、ジークの表情から明るさが消えた。状況報告のため魔界に戻ってからもそれは変わらず、ベスパが造反者としての烙印を押されてからは、さらにその表情は重く険しいものになっていった。
 会議が終わった後、ジークは上司のアモン将軍に呼ばれ、二人だけで話をしていた。

「アモン将軍、どうしても決定は覆らないのですか」
「ベスパの行動は限度を超えてしまっている。どうにもならん」
「……」
「立場の上では言えんが……お前達のことは私も気にしている。ベスパの無実を証明したいなら、一刻も早く事件を収束させ、真実を明らかにすることだ。生きていれば汚名を返上するチャンスはいくらでもある。それを忘れるな」
「わかりました。それでは、私は次の戦いに向けて準備をしなければなりませんので」
「うむ。本部も最悪の事態に備えて、アシュタロスの施設から見つかった兵鬼を調整中だ。武運を祈っているぞ」

 アモン将軍の気配りに敬礼し、ジークは作戦会議室を後にした。




 魔界の僻地にある深い森。
 その奥深くに、石壁と木材で作られた一軒家が佇んでいる。
 ここがワルキューレとジークの生家であり、幼い頃は静かな暮らしを営んでいた。さほど大きな家ではなかったが、家族で暮らしていくぶんには何の不自由もなかった。

(久しぶりに戻ったが……変わらないな、ここは)

 家の裏手には小さな小屋があり、分厚い鉄の扉で厳重に封印されている。扉の前に立ち、ジークはアモンとの会話を思い出していた。

 準備――
 強い敵と戦うためには、それに見合う力が必要だ。
 その準備をするために、自分はここに来たのだ。
 掌には、金と小さな宝石で細工された鍵を繋いだ束が握りしめられていた。鍵を鍵穴に差し込むと、重い手応えと共に錠が外れた。
 冷たい鉄の扉を両手で押していくと、ゴオオォ……と低く不気味な音を響かせながら入り口が開いていく。
 小屋の中は狭く、暗い。
 壁には松明が掛けられているだけで、他には何も置かれていない。
 足元に目をやると、うず高く積もった埃の下に錆び付いた扉があり、やはり施錠されている。違う鍵を取り出してそれを開けると、地下へ向かう自然石の階段がぽっかりと闇が口を開く。壁に掛かっていた松明を手に取り、明かりを灯してジークは降りていった。
 階段を降りきった先にはまたしても重い鉄の扉が行く手を遮り、立ちはだかっていた。
 最後の鍵を解き放ち、その奥に足を踏み入れる。
 ゆらめく炎の明かりに照らされてそれは姿を現した。

 小さな台座の上に安置された一柄の長剣。

 漆黒の鞘に収められたその剣は、周囲に絶えぬ冷気を纏い、張り詰めた存在感を醸し出していた。床には雪のように埃が積もっているが、剣は新品と同じように綺麗なまま。
 壁に松明を掛け、ジークは剣に手を伸ばす。
 柄は密度の高い不思議な木材を削り出したもので、初めて握ったにもかかわらず、使い込んだように手に馴染む。両手で剣を目の前に掲げると、ゆっくりと鞘から刀身を引き抜いていく。
 月明かりの如く静かな輝きを帯びた、銀の刀身がその姿を現した。
 真っ直ぐに伸びた両刃の剣は、妖しい色気を帯びて、持ち主の顔を映し込むほど美しく光る。
 完全に引き抜かれた剣を横薙ぎに一振りすると、空気と共に松明の炎までが両断された。

「これが……龍殺しの魔剣グラム」

 全身がじっとりと汗ばんでいることにも気付かず、ジークは目を見開いて剣を見つめ続けていた。
 その時、背後で物音がした。
 素早く振り返ったそこには、驚愕の表情を隠しきれない姉の姿があった。

「ジーク、何をしている。今すぐそれを元の場所に戻せ」
「姉上……」
「聞こえないのか。すぐに剣を戻しここから出るんだ」
「神によって生み出され、人間によって鍛え直された……川を流れる糸を断ち切り、龍の鱗すら貫く魔剣グラム。我が一族の秘宝は、想像以上に素晴らしいですよ姉上」
「いい加減にしろジーク。それを手にした者がどんな運命を辿るのか、お前は知っているだろう!」
「これを振るわねばならない時が来たのですよ。躊躇いはありません」

「ジーク!」

 ワルキューレに何度言われようとも、ジークは剣から手を放そうとはしない。

「ベスパに続いてお前まで……何故だ、何故こんな馬鹿げたことを!?」

 必死の言葉も届かぬ弟に、ワルキューレの体が小さく震える。
 いつも肩を寄せ合うように生きてきたはずの弟が、自分の手の届かぬ場所へと一人歩きしているようで。
 情けない顔を見られまいと、思わずワルキューレはうつむく。
 ジークは姉の傍に歩み寄り、穏やかな表情で語りかけた。

「違うんです姉上」
「何が違うのだジーク」
「伝説の英雄ジークフリードは、龍の返り血を浴び不死身の肉体となりました。その時一ヶ所だけ肩口に木の葉が付いていたせいで、そこだけ不死身にならなかった。後に彼はそこを毒矢で射抜かれ、命を失う事になりました」
「何の話をしている?」
「私も……同じなんですよ」

 耳元で吐息混じりにそう呟かれた瞬間――

「う……!?」

 ワルキューレは硬く、そして冷たい異物が自身の腹部を貫いていることに気が付いた。
 弟の手に握られた魔剣の刃に、紫の血が伝い落ちていく。
 ガクガクと震え、唇に深く美しい紫を滴らせながら彼女は弟の顔に手を伸ばした。

「ど、どうし……て……ジーク」
「すでに毒が回っているんですよ。私にも」
「お、お前……」

 それ以上ワルキューレは口を開くことはなく、力なくその体を弟に預けたまま動かなくなった。剣を姉の身体から引き抜くと、ジークは動かなくなった姉の体を担いで地下室を後にした。
 彼らの家にほど近い場所に、やはり魔界では珍しい澄んだ泉がある。
 そこに姉の体をゆっくり沈めると、ジークは鞘に収められたままの剣を掲げた。

「噂以上の凄まじい切れ味……だが、まだ足りない」

 ジークは魔剣を腰に掛け、淀んだ空の向こうへと飛び去っていく。


 魔剣グラム。


 それは持ち主に栄光と、そして必ず破滅をもたらす剣であるという――
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