蜂と英雄

モドル | ススム|モクジ

  第14話  

「ったく、これじゃキリがねーぞ」

 次から次へと現れる魔物に辟易しながら雪之丞が叫ぶ。
 大通りの中心に立つ彼の周囲には、魔族達の死骸が輪になって転がっている。戦う事に生き甲斐を感じる雪之丞ではあるが、それは強い相手とじっくり戦う場合の話であって、有象無象のザコとひたすら戦い続ける事が好きなわけではない。もちろん中には手強い魔族との生死を懸けたやりとりもあったのだが、こう相手の数が多くてはその余韻に浸っているヒマもなかった。
 舌打ちしながら目の前に横たわる魔物の死体を蹴飛ばすと、道の向こうから新手の魔物達がぞろぞろと歩いてくる。四肢で大地を踏み牙と角を持つ者、鱗に覆われヒレを持つ者、翼を羽ばたかせ宙を舞う者。
 上空から戦闘機の編隊が飛行する魔物を破魔札入りのミサイルで撃墜し、やや離れた隣の通りからは装甲車の機銃の音が途切れることなく響いている。
 雪之丞は呼吸を整え、冷静に自分のコンディションを確かめてみた。
 体力・霊力共に消耗しているが、まだまだ戦う力は残っている。
 それがいつまで持つかは、気合いと根性のみぞ知る、といったところか。
 ――他の連中だって踏ん張ってる。先に折れる事だけは、死んでも御免だ。
 そう独りごちながら、雪之丞は新たに迫る魔物達の群れに突っ込んでいく。




 ビルの屋上でローマ市内を見渡すパピリオは疑問を拭えなかった。
 今までに得てきた情報と、今回の敵――ルシエンテスのやり方があまりにかけ離れていたからだ。
 ミサイルを強奪した時も、地脈のエネルギーを奪っていった時も、ルシエンテス本人か、あるいは直属の手下が単独で行動していたはず。ところが魔神復活の最大の鍵である、黄金の林檎を奪還しようというのに、寄せ集めの集団を使うなど、あまりに不自然である。新たな覇権を打ち立てんとする武闘派の魔族ならば、黄金の林檎を奪還した途端に我が物にしようとするだろう。
 ローマに押し寄せてきた魔族達を二、三体体始末したところで、パピリオはこっそりと戦線を離れ、周囲を見渡せるビルの上に降り立った。
 眷属である妖蝶の群れを呼び、敵の動きを探らせてみたが、やはり魔族達は個々にオカルトGメンの基地を目指しているだけで、統率は取れていないに等しかった。眼下の通りでは、西条やシロ達が人間の軍隊と協力しながら、魔族達と互角以上の戦いを続けている。人間界に慣れていない魔族達は十分な実力も発揮出来ず、勝っているのはその数だけという状況だった。
 これなら人間達に任せておいても、当分は持ちこたえられる。
 敵は一筋縄ではいかない曲者――ならば、この大群はきっとブラフ。
 本当の刺客はすぐ傍まで近付いている。
 外見こそ幼くとも、頭の回転が速いパピリオはこの襲撃の裏を見抜いていた。

(ベスパちゃん……)

 マルセイユでベスパが拉致された後の事を、パピリオは知らせてもらえなかった。
 ただ一人の肉親。気が強く荒っぽい所もあるが、話のわかる優しい姉。
 パピリオにとってそれは、魔神復活などよりずっと重要な事だった。
 ――もしかしたら、何か手がかりを掴めるかも。
 わずかな期待を胸に秘め、パピリオはふわりと宙に舞う。




 ローマ市内では、まだ住民の避難が終わっていない区域があった。
 戦闘が近い場所での避難作業は困難を極め、怒声と悲鳴がの中を逃げる民間人も、誘導する兵士達も皆一様に必死である。
 軍隊の指示に従い、長い列を作って移動していく民間人の中から、こっそりと路地裏へ入り込む二つの影があった。
 抜群のスタイルを誇る女性と、幼い女の子。
 互いに帽子を深く被っているが、二人の事は誰もが親子、あるいは年の離れた姉妹だとしか思わないだろう。周囲を気にしつつ、二人は街角に立っている兵士達の死角から死角へと素早く駆け抜けていく。
 この慌ただしい状況下で、彼女達に気を回す事のできる人間など皆無であった。女の子が物陰から顔を出すと、眼前にある地下鉄へ続く階段を見る。入り口はシャッターで閉じられ、小銃を携帯し、迷彩服に身を包んだ数人の兵士が警備している。
 女性の方が何事か呟くと、女の子はコクリと頷く。
 そして、女の子はふらついたような足取りで兵士達の傍へ近付いていく。その姿に最初に気が付いたのは中年の、しかし気のよさそうな顔をした兵士だった。

「お嬢ちゃん、こんな所で何をしているんだ。ここは民間人の立ち入りは禁止されているエリアだぞ」
「あの……お姉ちゃんがいなくなっちゃった」
「そうか迷子か。いいかい、ここはとても危険なんだ。この通りを真っ直ぐ行ったところに、避難した人達が集まってる広場がある。そこに行けばきっと姉さんにも――うっ!?」

 女の子の目線に合わせて膝を曲げ、通りの先を指そうとした兵士は言葉の途中で硬直し、そのままどさりと倒れ込んでしまう。兵士の背後には、手刀を作った女性が立っている。すでに他の兵士達も、同じように倒れていた。

「さあ、こいつらが目を覚まさないうちに先を急ごう」

 背の高い女性と幼い少女は帽子を脱ぎ捨て、美しい髪をなびかせる。
 ベスパとアンジェラ――彼女達は、押し寄せる魔族の群れとは正反対の方角から、人間達に紛れ込んでローマに潜入していた。
 狙いは見事に成功し、驚くほど簡単に目的地の傍まで近付く事ができた。ベスパは力任せに地下鉄のシャッターをこじ開け、ぽっかりと口を開けた闇の中へ消えていく。




「くっ、不覚を取ったわ」

 オカルトGメンイタリア基地で、小竜姫が悔しそうに呟いていた。
 ジークとの戦いで、突然休眠状態に陥ってしまった彼女だったが、霊力に満ちた基地の内部では回復も早かった。
 どうにか姿が保てるまでになった小竜姫を椅子に座らせ、ヒャクメは苦笑していた。

「ごめんなさい、小竜姫。私には止められなかったのねー」
「いいえ、これは私の甘さが招いた結果です。あの時……手加減など考えず、超加速を使っていればこんな事には」
「でも、そこが小竜姫らしいのねー。ジークを本気で斬っていたら、あなたはもっと後悔したでしょう?」
「……」
「あの後に分かったんだけど、ジークはおかしくなったわけではないの。彼は彼なりに、決着を付けようとしているのねー」
「彼の持っていた剣、ほんの少しかすっただけなのに霊力を根こそぎ吸い取られたわ。それに手加減していたとはいえ、私の打ち込みを止めるなんて」

 神界にその人ありと謳われ、それを自負する小竜姫は、神剣の一撃に耐え、それどころか切り返してきたジークに違和感を感じていた。彼の持つ剣もそうだが、剣越しに感じたジークの力が、小竜姫が知るそれとかけ離れている。

「ジークは何をしようとしているのかしら」
「……」

 これから起こるであろう出来事を把握しているヒャクメは、沈黙するしかなかった。ローマの状況を映すディスプレイに目をやっていると、突如基地内にけたたましい警報が鳴り響いた。

「何事ですか?」
「侵入者です。地下鉄道の搬入口より出現、防衛隊と交戦しながら移動中!」

 ヒャクメの問いに、人間の女性オペレーターが答え、監視カメラの映像が映し出された。煙が舞い上がりよく見えないが、銃弾の閃光や爆発の衝撃で画面がひどく揺れている。

「ずいぶん派手にやってるのねー。誰が来たのかな……っと」

 ヒャクメは心眼のひとつを解放し、侵入者の透視を始める。
 煙に巻かれていようが、分厚い壁に阻まれていようが、霊力をわずかに発してさえいれば彼女の千里眼から逃れる事はできない。

(あら……ベスパと小さな女の……子……!?)

 侵入者の姿を確認したヒャクメは、幼い少女に内包された底知れぬ闇のエネルギーを感じ、思わず鳥肌が立ってしまいそうだった。
 少女はベスパに手を引かれているだけで戦闘行為には加わっていなかったが、銃弾や激しい爆発の中でその心はざわざわと不安定に波立っていた。時折ベスパがその小さな手を握り返すと、心のざわつきは一旦収まるが、兵士達が銃で反撃するたびにそれは再びささくれ立っていく。

(報告の通りだわ。フォロ・ロマーノで正規軍を全滅させた子に間違いないのね)

 彼女の感情が爆発したら、制御できぬ負のエネルギーが不可避の死を降らせてしまう。その危険性を見抜いたヒャクメは、慌ててスタンドマイクを手に取りスイッチを入れる。

「各員抵抗してはダメなのねー。抵抗すればするだけ被害が広がります。彼女達に逆らわず、道を通してあげなさい」
「ヒャクメ、何を言い出すのですか!」
「モニターを見るのね小竜姫。この二人の侵入を許してしまった時点で、私たちの負けなのねー。それに、彼女がいるなら話し合いは可能でしょ?」

 監視カメラのモニターには、相変わらず煙で白くなった画面が映し出されている。煙の向こうには二つの人影があり、煙をかき分けるようにその姿を現した。
 ベスパと、彼女に手を引かれている少女アンジェラ。
 大人しくなった兵士に余計な手を出す事もなく、二人は通路を歩いて行く。
 モニターからベスパ達の姿が消えて数分間。オペレーションルームでは緊迫した空気に、オペレータ達は誰もが息を飲んでいた。
 緊張のあまり護身用の拳銃を手にしようとしたオペレーターもいたが、決して敵対行為を取ってはならないとヒャクメにきつく言われ、没収させられる者もいた。
 そしてついに――ベスパとアンジェラがその姿を見せる。
 集まる視線の中、平然とベスパは歩み寄りヒャクメと小竜姫達の前に立つ。

「ここまですんなり通したって事は、わかってるんだね?」
「ええ、もちろん」
「じゃあさっさと――」
「それは無理ですねー。というよりも、その必要は無くなった、という方が正しいですねー」
「何だって?」
「あなた達の目的、つまり黄金の林檎は、もうここにはありませんよ。今は別の場所にあります」
「おいそれと動かせないはずじゃなかったのかい……くそっ」
「事情が変わる事もあるのねー、ベスパ」

 繋いだ手を離し、アンジェラは一歩踏み出てヒャクメを見上げる。

「林檎……どこ?」

 ヒャクメもまた、底知れぬ闇を内包した少女を見つめ、視線をベスパに移す。しばしの沈黙の後、ヒャクメはゆっくりと口を開いた。

「あなたは操られてここに来たわけでは無さそうですねー」
「!?」
「あう、怒らないで欲しいのねー。それ以上の事は見ていませんから」
「わかったよ……で、林檎はどこへ行ったのさ?」
「ベスパ、あなたなら止められるかも知れませんねー」
「止める?」

 ヒャクメは目を伏せ、小さく息を吐いて再び目を開く。そしてつい先程起こった出来事――ジークによる強奪事件についての一部始終を語った。
 ジークが黄金の林檎を持ち去り、シチリア島へ向かった。
 その事実は、ベスパに予想外の衝撃を与えた。

「どういうことなんだよ!? なんでジークがそんなことを。これじゃ私、何のために……」

 動揺したベスパは、乱暴に詰め寄って問い質す。

「ジークは去り際、私にメッセージを残していきました。彼は――」

 続けてヒャクメの口から出た言葉は、ベスパの心を凍り付かせるものだった。

「彼は――魔剣の力と自らの命を引き替えに、ルシエンテスを封じるつもりなのです」




 シチリア島エトナ火山・火口。
 漆黒の鞘に収められた長剣を腰に掛け、剥き出しの岩が転がるエトナ火山の火口にジークは立っていた。
 テレパシーでルシエンテスに呼びかけてはみたが、まだ姿を現さない。
 ――聞こえていないはずはない。奴は必ず来る。
 ジークは黙って待ち続けた。
 遙か下方を見下ろせば、岩盤の隙間から熱気とガスが噴き出し、皮膚をチリチリと焦がす。
 これが不死身の魔神の吐息にも満たぬ息吹であるなら、何と恐ろしく強大な存在なのであろうか。どれほど科学が進歩したところで、大自然――この惑星のエネルギーに太刀打ち出来る者など存在しない。ましてそれが意志を持ち、具現化したような存在を解き放つ事は、あらゆる生命と文明が失われる事を指している。

 聖書に綴られた伝説によると、堕落した人間達を洗い流すために神が世界を洪水によって沈めたという。
 魔神が復活するという事は、どことなくこれに似ているのかも知れない。神の意志でないにしろ、事件がこのような流れにまで発展してしまったのは、大地がそれを願っているからなのか。
 ジークはふとそんな事を考える。
 ――いや違う。
 これは神の意志でもなければ大地の怒りでもない。
 あくまでただ一人の、魔族による暴挙でしかない。
 そして己の力不足と油断のために、この状況を許してしまった。
 ――ならば決着は自らの手で。
 二度と舞い戻らぬように、誰にも手が出せぬように――奴を永劫に封じてしまわなければならない。それを可能にする唯一の手段を、手に入れる事はできたのだから。

 剣の柄を握りしめ、彼は水平線の向こうを見つめる。
 全ては自分次第……新たに生まれ変わった魔剣グラムに、ジークはもう一度決意を問う。




 ――三日前。
 ワルキューレを刺して泉に沈めた後、ジークは魔界の空を飛んでいた。姉の傷は心配だったが、泉に沈めておけばやがてそれも癒える。こうでもしなければ、気丈な姉を押し止める事などできはしなかっただろう。
 だが、姉を傷つけた事実は変わらない。
 手に残る感覚に胸を締め付けられながら、ジークは空を切り裂いて飛び続ける。
 三時間ほど飛んだところで少々疲れたため、高くそびえ立った岩山の上で小休止を取る事にした。
 おあつらえ向きの岩に腰掛け、美味くもない携帯食料と熾した火で温めたコーヒーを少しずつ口に運ぶ。
 そうしながらジークは視線を岩に立てかけた剣に向ける。
 小さな炎で熱せられた空気が、魔性の剣に絡み付いて揺らめいている。

 自分はジークフリードという名を受けてはいるが、古い伝説に出てくる英雄ジークフリードとは別人である。
 魔界で生まれ育った、争うより知恵を働かせるのが得意な魔族。それが自分だ。無論、血筋を遡れば英雄の血族になるのだろうが、先祖の因縁や伝説などはあくまで伝説であって、自分自身とは無関係の話に過ぎない。

 それでもかつては憧れた。

 邪龍を倒し、その血肉を得て不死身の肉体と、万物に通じる知性を手に入れた英雄。
 神の末席に数えられ、人々から讃えられた英雄。
 生まれつき闘争本能が希薄だった魔族の少年は、特に英雄が得た知性に憧れた。全ての動物の言葉を理解し、最も賢くなれたならば……種族や言葉の壁を越えて全ての存在と仲良くなれるのではないか。
 争い血を流す事よりも、ずっとその方が楽しいはずだと少年は信じた。
 やがて少年は大人になり、世界の仕組みを知る。
 理不尽、軋轢、差別、憎悪。
 自分を取り巻く境遇と、容赦のない現実。
 かつて憧れた英雄の、哀れであっけない末路をも。
 それでも彼の心は折れ曲がりはしなかった。
 厳しくも優しい姉の支えと、成し遂げてみたい夢があったから。
 情報士官として軍に入隊し、魔族らしからぬ性格のために叩かれながらも、職務を全うし続ける。
 魔界と人間界に不穏な空気が流れ始めた頃、神界との交換留学の話が彼の元へ舞い込む。願ってもないチャンス――そして望んだ夢への第一歩が開けた瞬間だった。

 それからは素晴らしい時間の連続だった。
 神族のみならず、勇気ある人間達とも知り合い、全世界を揺るがした事件には、種族の壁を越えて協力し、立ち向かう事ができた。
 そして今もまた、外界の仲間達は惜しみなく手を差し伸べてくれている。
 我が先祖は、そして魔剣グラムを手にした者達は、何を思いながらこの剣を振るったのだろうか。
 隠された黄金を得るためか。
 敵を打ち倒し、栄光を掴み取るためなのか。
 魔剣は持ち主の望みに答え、黄金と栄光をもたらす。
 だが、全てを手にした持ち主は、魔剣に支払わなければならない。
 身の破滅という代償を……
 だが、むしろそれが信用できる証であるとジークは思う。
 自分は魔族であり、神の恩寵を受ける存在ではない。
 ならば奇跡や加護を期待するのではなく、代償を支払い望みを手に入れる方がふさわしいではないか。
 犯した過ちを正すために、自分はこの剣を振るおう。

 ――グラムよ、栄光と破滅をもたらす魔剣よ。我が願いを聞き届け賜え。

 誰に聞かせるでも、捧げるわけでもない。密かなる祈り。
 その願いを聞き届けたのか否か――揺らめく炎の向こうで、魔剣は沈黙を纏い続けていた。




 食事を終えて火を消したジークは、自分のいる岩場からやや離れた遠くに何者かの気配を感じた。
 気配は真っ直ぐ近付いてきて、その進行に迷いは感じられない。
 自分がここにいる事は、誰にも知らせていない。ということは、この付近を縄張りにする魔物の可能性が非常に高い。運が悪ければ問答無用で襲われることもあり得るだろう。
 剣を手に取り岩陰に身を潜め、ジークは様子を覗った。
 素早い身のこなしで岩場に着陸したその影は焚き火の後を見つけ、地面をしばらく観察した後、ぶっきらぼうに言った。

「ジーク、いるんだろ? 出てきなよ」

 羽毛に包まれた羽根を腕に変えて言ったのは、ハーピーだった。
 突然の来訪者に驚きを隠せなかったものの、ジークは岩陰から姿を現した。

「よく私の場所がわかったな」
「マルセイユの一件の後、あたいは待機してろとだけ言われて放っておかれるしさ。音沙汰無いと思ったらジークもワルキューレも実家に帰ったって言うし。待ってるのはやっぱり性に合わなくてね、手下の鳥どもを使ってあんたを捜してたじゃん」
「鳥か。さすがにこれは隠れられんな」

 空を見上げれば、頭上には無数の鳥達が弧を描いて飛び回っていた。
 ハーピーの肩でも小鳥が羽根を休ませ、嘴で羽根を繕う。

「で、そんな物騒なモンでワルキューレを刺してまで、どこに行こうっての?」
「見て……いたのか」
「別に止めようって訳じゃないよ。あたいはただ、早く仲間の仇を討ちたいだけじゃん」
「恐れ入ったよ。軍に欲しいくらいの情報収集力だな」
「他にも色々情報は集めてるじゃん。例えば……あのジジイがあちこちの武闘派魔族に接触してる事とか、その後で魔族がぞろぞろと移動し始めてることとかね」
「何だって……奴め、アシュタロス消滅の混乱に乗じようとする魔族を扇動しているのか。急がなければ――!」
「だ・か・ら、どこへ行こうっての? あのジジィに勝負を挑むんなら、あたいも付き合わせてもらうからね」
「いや……まだ奴と戦うには力が足りない。これからそれを手に入れに行くんだ」
「ふーん、なんかメンドくさそーじゃん……ねえジーク、何かあたいにできることはない?」
「そうだな」

 ジークはしばし考え込んだ後、ひとつの案を思いつく。
 ハーピーは立場上、誰よりも身軽に動けるのが強みである。
 ならば彼女には彼女にしかできない事をやってもらうのが得策だろう。上手くいけば敵の背後を突く事ができるかも知れない。

「お前は動きのある魔族達の内部に潜入してくれ。奴らが人間界に這い出すつもりなら、大きなゲートを作る必要があるはずだ。奴らの本拠地を突き止めたら軍に報告し、その後はルシエンテス達を探して欲しい」
「オッケー。見つけた後はどうすんのさ。ソッコーで始末してもいい?」
「むやみにダメージを与えても、奴は赤い砂煙のような姿になって逃げる可能性が高い。ルシエンテスのことは俺に任せてくれないか」
「ちっ……じゃあナックラヴィーだけでもやらせてもらうよ。これだけは譲れないね」
「わかった。なら、これを使ってくれ」

 ジークはポケットから小瓶を取り出し、ハーピーの掌に握らせた。
 小瓶には透き通った水が満たされており、清浄な輝きを静かに放っている。

「癒しの泉で汲んだ、聖なる水だ。魔界には似つかわしくないものだが、だからこそナックラヴィーには猛毒になるだろう」
「サンキュー。どこかで適当に水を用意しようかと思ったけど、手間が省けたじゃん」
「魔族がゲートを開けば、人間達も防衛のために乗り込んでくるだろう。ゲートを越えた先で人間に遭遇するかもしれないが、彼らには手を出さないと約束してくれないか」
「別に人間なんてどうでもいいけど、ジークが言うなら我慢するじゃん。ただし、向こうがあたいに手出ししてきたら、その時はブッ殺すけどね」
「それでもいい。犠牲はできるだけ減らしたいんだ」

 すでに多くの、無関係な人々が犠牲になっている。沈んだ表情のジークをどうにか和ませようと、ハーピーは少しからかうような口調で肩をポンポンと叩きながら、

「ずいぶん思い詰めてるみたいだけど、元気出すじゃん。全部片づいたらあたいがデートしてあげるからさ。頑張りなよ」
「ははは……それは嬉しいな。じゃあ、頼んだぞ。くれぐれも気をつけてくれ」
「あんたもね。それじゃ……」

 ハーピーは人差し指をピッと立て、笑顔を作って飛び立っていった。
 彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、ジークは魔界の生ぬるい風に吹かれながら、遙か彼方にそびえ立つ山脈を見据える。
 木々など生えていない、切り立った断崖や岩石が突き出した不毛の山脈が、彼の向かうべき場所。

 ――魔剣に更なる力を加えるために。
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